あれから怒涛に過ぎて行った一週間。咲佑にも了承を得たうえで、晴天に恵まれた今日、俺は仕事の合間を縫って三人に事件のことを話した。三人とも事が現実として受け止められないといった表情を浮かべ、俺の話を食い入るように聞いていた。

「でもぉ、咲佑くんに大きな怪我がなくてよかったですねぇ」
「うん。でも咲佑くんは何で事件に巻き込まれたんですかね」
「確かに、気になるよな。凉樹くん、何か知ってそうっすね」

あのときの俺は正常値から大きくはみ出していたのかもしれない。いや、きっとそうだ。傷ついた咲佑を目の前にした俺はただ単に正常を取り乱していただけだ。あのときと全く同じ状況に置かれても、今の俺はきっとあんなことを咲佑にしないはず。言わないはず……。

「凉樹くん、咲佑くんに―」
「は? えっ、いやっ、俺なんも疚《やま》しいことしてないから!」

一刹那の出来事だった。朱鳥が「え」と素の感情を露呈した。

「あぁ、悪い。今の聞いてないことにしてくれ」
「凉樹くんのためにそうしたいところですけどぉ、めっちゃ気になります。咲佑くんに何かしたんですかぁ?」
「俺も気になります。凉樹くん教えてください」
「二人から頼まれても断る。夏生が聞きたくないかもしれないだろ?」
「あのー、凉樹くんには申し訳ないですけど、僕も本音を言えば内容が凄く気になります。なので教えてもらいたいです」
「そういうことっす。凉樹くん、教えてくださいよ! 何をしたんですかっ」

差し出した拳をマイクに見立て、インタビュアーのような態度を取る朱鳥。夏生と桃凛は悪戯っ子のような目をしている。三人のやり取りに耳を傾けず、自分の世界に入り込んでいたことを、今になって後悔する。

「絶対誰にも言うなよ」
「はい」
「実は俺、咲佑にキスした」
「……」
「…っえ! 咲佑くんにキスですか⁉」

桃凛がここ最近で一番の大声を響かせる。俺らは焦って周りを見渡したが、誰もこちら側を見ていなかった。

「ばかっ、桃凛大きい声出すなよ!」
「すいません、つい…」

夏生に注意され小さく謝る桃凛。一方の朱鳥はまるで恋バナ中の男子高校生のようなテンションで俺にこう聞いた。「凉樹くん、いつキスしたんすか?」
「咲佑が目覚める前」
「どこにしたんすか?」

もう言い逃れはできそうにない。

「左頬に。そっと、ばれないようにな」
「で、ばれなかったんすか?」
「いや、キスして、俺が小さな声で咲佑って名前呼んだ瞬間に、ゆっくり目を開けた。そのことに関して何も言ってこなかったけど、多分気付かれてると思う」
「まるで白雪姫みたいっすね。あぁー、咲佑くんにとったら最高の目覚めだったんだろうなあ」
「んな馬鹿な。そんなんで目覚めたって嬉しくないだろ?」
「えぇ、そんなことないと思いますよぉ。例えば、僕は朱鳥くんにキスされて目覚められるなら、最高に嬉しい気持ちになりますよぉ」

さらっと桃凛は爆弾発言をしたが、冗談的な意味合いで言ったのだろうとその場で誰も突っ込まず、そのまま流した。

「それで、咲佑くんが何で事件に巻き込まれたとか、そういうことは聞いてないんすか?」
「うん。詳しいことは聞けてない。事件のことを全然は無そうとしなかったからね。それに、あんまり思い出したくなさそうだったからさ、俺も聞くのを躊躇った」
「そうですか・・・」
「多分、記憶が混在してるんじゃないかな。唐突のことだったし、仕方ないよ」
「辛いですね・・・」

咲佑が事件のことを憶えていないと言っていることについて、今は言葉を濁すことしかできない。

「まぁ、でも大事に至らなくて本当に良かったですね」
「そうだな」

夏生がその場の空気を察知し、話を平和にまとめる。夏生がいなければ、この空気がひび割れていたかもしれない。

「僕、今度咲佑くんに会いに行こうと思います」
「あ、それいいな。夏生、そのときは俺も誘ってくれよ」
「二人とも僕を置いていくなんてずるいですよぉ。僕も連れてってくださいぃ!」
「うん。分かった」
「三人が会いに行ってくれたら、咲佑もきっと喜ぶと思う」
「はい」

 三人が楽しそうにしている、それだけで凉樹の心は救われた。三人の存在は今までで一番大きく感じられる。今まで年上という立場で三人のことを引っ張ってきていたのに、いつの間にか凉樹は年下三人に助けられるようになっていた。これからはもう少しメンバーのことを頼ってもいいのかもしれない。