俺は徐にポケットからスマホを取り出し、履歴から正木の文字を探してタップする。コール音がしばらく鳴り続けたあとに、渋い声で相手は「凉樹」と俺の名前を呼んだ。
「まさっきぃ」
「どうした? 今どこにいる?」
まだ収録が終わってないのだろう。焦りながらも小声で聞いてきた正木。遠くからは芸能人たちが収録を盛り上げている歓声が聞こえてきた。俺はそのガヤに負けない、でも周りに迷惑が掛からない声量で言う。「病院だよ」
「病院? なんでまた」
「咲佑が、事件に巻き込まれた」
「は? 何かの間違いじゃ―」
「間違いじゃない。収録前、俺に電話がかかってきただろ? あれ咲佑からだったんだ。俺らが住んでる自宅近くの電話ボックスから直接かけてきた。スマホが壊されたから、って」
「もしかして、それで」
「そうだよ。しかも、誰かに殴られたって言ったから俺は仕事を放棄して咲佑のところに向かった」
正木は声にならない息を吐いた。
「近くの芝生の上で仰向けになってる咲佑がいた。それで―」
電話越しに聞こえる呼吸音。何も言わず、ただ俺が淡々としゃべる内容を聞いているだけのようだった。
「そういう経緯で今病院に」
まだ芸能人たちが番組を盛り上げようとして、わざとらしく笑い合う声が聞こえてくる。
「それで、咲佑は?」
「治療受けてる」
「そうか」
溜息交じりの息を吐く正木。電話越しじゃ感情が読み取れない。
「まさっきぃに頼みがある」
「なんだ?」
「今話したこと、朱鳥と夏生、桃凛にはまだ伝えないで欲しいんだ」
「どうして」
「朱鳥は収録中だし、夏生も仕事してる。桃凛は大学がある。それぞれの大事な時期に邪魔はできない。それに、咲佑だってみんなに心配かけたくないと思うからさ」
「そうだな。分かった」
苦し紛れの返事だった。
「治療終わってひと段落着いたらまた連絡する。それに、後日ちゃんと番組関係者に謝罪しに行く。だから、そのことも伝えといて欲しい」
「分かった。今は収録のこと心配しなくていい。とりあえず咲佑の無事だけを祈れ」
「ありがとな」
「じゃ、そろそろ収録終わるから切るぞ」
「おう。また」
正木が電話を切ったのを確認すると同時に表示された着信履歴。咲佑から電話がかかってきてから三時間が経とうとしている。ここまできたら、汗が滲む手を合わせて吉報を待つしかなかった。
掌や指の腹にある皺と、切ったばかりの爪の隙間に深く染み込んでいる赤黒い血。
でもそれを汚いとか、除けたいとか、嫌悪感を抱くことは一切なかった。むしろ、ずっと付いていてもいいと思えた。お守りみたいに肌身離さずつけていたかった。不思議だ。自分の血ですら付着していることが許せないのに。
「まさっきぃ」
「どうした? 今どこにいる?」
まだ収録が終わってないのだろう。焦りながらも小声で聞いてきた正木。遠くからは芸能人たちが収録を盛り上げている歓声が聞こえてきた。俺はそのガヤに負けない、でも周りに迷惑が掛からない声量で言う。「病院だよ」
「病院? なんでまた」
「咲佑が、事件に巻き込まれた」
「は? 何かの間違いじゃ―」
「間違いじゃない。収録前、俺に電話がかかってきただろ? あれ咲佑からだったんだ。俺らが住んでる自宅近くの電話ボックスから直接かけてきた。スマホが壊されたから、って」
「もしかして、それで」
「そうだよ。しかも、誰かに殴られたって言ったから俺は仕事を放棄して咲佑のところに向かった」
正木は声にならない息を吐いた。
「近くの芝生の上で仰向けになってる咲佑がいた。それで―」
電話越しに聞こえる呼吸音。何も言わず、ただ俺が淡々としゃべる内容を聞いているだけのようだった。
「そういう経緯で今病院に」
まだ芸能人たちが番組を盛り上げようとして、わざとらしく笑い合う声が聞こえてくる。
「それで、咲佑は?」
「治療受けてる」
「そうか」
溜息交じりの息を吐く正木。電話越しじゃ感情が読み取れない。
「まさっきぃに頼みがある」
「なんだ?」
「今話したこと、朱鳥と夏生、桃凛にはまだ伝えないで欲しいんだ」
「どうして」
「朱鳥は収録中だし、夏生も仕事してる。桃凛は大学がある。それぞれの大事な時期に邪魔はできない。それに、咲佑だってみんなに心配かけたくないと思うからさ」
「そうだな。分かった」
苦し紛れの返事だった。
「治療終わってひと段落着いたらまた連絡する。それに、後日ちゃんと番組関係者に謝罪しに行く。だから、そのことも伝えといて欲しい」
「分かった。今は収録のこと心配しなくていい。とりあえず咲佑の無事だけを祈れ」
「ありがとな」
「じゃ、そろそろ収録終わるから切るぞ」
「おう。また」
正木が電話を切ったのを確認すると同時に表示された着信履歴。咲佑から電話がかかってきてから三時間が経とうとしている。ここまできたら、汗が滲む手を合わせて吉報を待つしかなかった。
掌や指の腹にある皺と、切ったばかりの爪の隙間に深く染み込んでいる赤黒い血。
でもそれを汚いとか、除けたいとか、嫌悪感を抱くことは一切なかった。むしろ、ずっと付いていてもいいと思えた。お守りみたいに肌身離さずつけていたかった。不思議だ。自分の血ですら付着していることが許せないのに。