電話を終えてからスマホを握ったまま、足早に楽屋へ戻った凉樹。中には正木しかいなかった。

「あれ、朱鳥は?」
「自販機見に行った。もう少しで呼ばれるのに、呑気だよな」
「だな」

朱鳥がこの空間にいないことは俺にとったら好都合だ。知られなくて済む。今のうちに正木に伝えなければ。

衝動に駆られるように俺は衣装のトップスを脱ぐ。その様子を見て「おい、何やってんだよ」と慌てて聞いてくる正木。

衣装の半袖Tシャツの上から、ハンガーにかけている私服のアウターを羽織る。「まさっきぃ」
「なんだ?」
「俺、ちょっと今から出てくる」
「出てくるって、どこに?」
「それは」

俺の表情からまるですべてを読み取ったかのように納得した様子の正木。腕を組み、頷いた。

「まぁいい。事情は俺から話しておく。だから行ってこい」
「ありがと。行ってくる」
「おう」
「あ、衣装さんに伝えといて。今日の衣装は全部買い取るって」
「分かった。だからって無茶するなよ」
「分かってる。じゃ」

 凉樹はソファに置いていた斜め掛けのバッグをガッと掴み、エレベーターへと続く廊下を走る。息を整えながら到着を待つが、エレベーターは凉樹の気持ちを弄ぶかのように来ない。やっと来たと思えば、中は満員。乗ることを諦め、近くにある階段で一階まで全力で駆け下りた。

誰かのために仕事を投げ捨て、鞄が乱暴に背中へ攻撃してくることを全く気にせず、学校帰りのひと時の青春みたいに商店街を走り抜けて、大切な人の元へ行く。仕事を直前に投げ出すなんて、俺は何やってんだろ。いや、投げ出してよかったんだ。これでよかったんだ。仕事よりも大事なのは咲佑の存在なんだから。逸る心を落ち着かせるために、そう何度も反芻するしかなかった。