正木が発する失踪の二文字。何かの間違いだろう。誰もがそう思った。「失踪なんてあり得ない」凉樹がそう言うも、正木は「失踪は事実だ」と声を荒らげる。その場の空気は険悪な雲行きになっていく。

失踪って、そもそもなんだ? 俺が知ってる失踪の意味で合ってるのか? 

 凉樹の思考は停止し、背筋が凍り始める。

「ねぇ、まさっきぃ。失踪したってどこ情報?」
「新しく咲佑についたマネージャーから聞いた。ソイツは和田って言うんだが、俺の大学の後輩なんだよ」
「そのマネージャーさんが嘘ついてるなんてことはないんすか? 凉樹くんも言ってたっすけど、あの咲佑くんが失踪するなんてあり得ないんすよ」

朱鳥の口調は呆れているというか、怒りの矛先が定まっていない感じだった。

「俺だって何度も疑って、何度も問い詰めたよ。でも和田は涙声になりながら『咲佑と全く連絡が取れない』としか言わなかった。困ってどうしようもなくて俺に連絡してきたんだよ。だから一応こっちからも電話してみた。でも、咲佑は出なかった」
「そんな」
「和田さん、咲佑くんの家に行ったりとかしたんですかね」
「行ったらしいが、家にもいなかったって。ついさっき連絡があった」
「どうやって確認したんですか? 中入れないですよね?」
「引っ越し先のアパートのオーナーに連絡して、鍵を開けてもらったんだとよ。だが家はもぬけの殻同然の状態だった、だってさ」

「まじか」朱鳥は小さく呟いた。桃凛は頭を抱えている。

「つまりは、現状誰も咲佑くんの行方を知らないってことですか?」

夏生はいつも通り、一歩引いたところから出来事に向き合おうとしている。冷静さを装っているものの、身体は嘘をつけないみたいで、膝下から震えていた。

「あぁ。だからお前ら四人に頼みがある。咲佑に電話をかけてくれないか」
「いいですけど、全員から連絡していいんですか? 色んな人から電話がかかってきたら、電源切られるかもしれませんよ」

「はあ」正木は大きく息を吐く。

「夏生くんの言ってること、僕は正しいと思いますぅ。咲佑君が今どんな状況にあるか分からなくて、気になって何度も電話かけたくなるかもしれないですけどぉ、時間を空けて連絡したほうが良いんじゃないですかねぇ」
「そうか」
「まさっきぃの頼みだから聞くけど、俺も夏生と桃凛の意見に賛成だから」
「分かった。ありがとな」

納得しているのか、していないのか分からない感じで言う正木に、凉樹は言いたい言葉を飲み込んだ。

「で、誰から連絡するんすか?」
「まずは桃凛だな。それで反応がなければ朱鳥。それでも駄目なら夏生。しかも、個人のやり取りじゃなくて、咲佑も込みのグループがまだ残ってるから、そこでのやり取りにして欲しい。しかも、普段通りに。詰めすぎも、空けすぎもNGな」
「分かりました。でも、凉樹くんはいつ連絡するんすか?」
「俺は三人の様子をみて適宜個人的な連絡を入れる」
「はい」

夏生が頷いたところで、正木が申し訳なさそうに口を開く。「四人とも巻き込んで悪いな」
「いいよ。今はメンバーじゃなくても、咲佑は俺らにとって大切な仲間なんだから」
「そうですよ。だから、大丈夫です」

夏生が頷くと、それに応じて朱鳥と桃凛も優しく頷いた。

「そっか。俺はあとで和田に連絡して―」

正木が言いかけている途中で、タイミング悪く着信音が鳴り始めたスマホ。正木は画面を見て「悪い。ちょっと出てくる」と言ったあとに息を吐き、「お疲れ様です。正木です」と声のトーンを上げて電話に出る。オンとオフの切り替えの激しさに驚きつつも、四人は再びあの会話を繰り広げた。

「咲佑くん、本当に失踪したんすかね」
「さあな」
「僕は和田って人が嘘ついてるんじゃないかって思うんですけど」
「そう思いたくなるよな。俺だって信じたくないからさ、夏生の気持ちは充分わかるよ。でも多分、本当に咲佑は失踪してるんだと思う」
「どうしてそう思うんすか?」
「咲佑は自分から連絡を絶って失踪するような奴じゃない」
「じゃあ…、もしかして」

桃凛の額には汗が滲んでいる。廊下の照明によってキラリと光った。

「考えたくはないけど、巻き込まれたのかもしれない」

 朝の晴れ間から一転、バケツをひっくり返したような雨が降る外。梅雨になったばかりの空模様は、今の凉樹の心模様を表しているかのように安定しない。明日以降も雨が予想されている。脳裏にはあの時の出来事が閃光のごとくよぎった。