六月七日。この日は四人体制になって初めてのグループ仕事、バラエティ番組の収録が行われた。MCを務める人気芸人と凉樹は何度も共演していたために、朱鳥や夏生、桃凛もすぐに打ち解け、リラックスした状態で収録に臨んだ。
収録途中に挟んだ休憩。そこでやはりあの話題が振られた。話のネタを持ってきたのは、同じ収録に参加している無礼なタイプの芸人だった。
「NATUralezaってさ、米村抜けて急に爽やかさ増したんじゃないの?」
「いや、そんなことないと思いますけど」
「でもでも、あんな同性愛者が抜けたんだからさ、爽やかになってるのは間違いないんじゃないの?」
「あの、咲佑のことを『あんな同性愛者』っていうのだけはやめてくれませんか。年上の人に言うのは失礼だと分かっています。でも、すいません」
「お前、石井だっけ? 失礼だよ」
「すいません」
これ以上、この芸人と絡んでいられないと思っていたときに、スタッフから収録再会の合図が出された。ホッとしたのも束の間、その芸人は収録が再開しても俺のことだけを執拗に睨みつけた。居心地の悪さを感じたが、どうすることもできぬままに、休憩から一時間半後に収録が終わりを迎えた。
「四人ともお疲れさん」楽屋に戻る途中で凉樹らは正木に話しかけられた。正木は収録が上手くいったものだと思って、誰よりも上機嫌でいる。手には仕事用のスマホが握られていた。
「そうだ。収録中に四人に仕事の依頼が来たんだよ」
「どんな内容?」
「住宅関連のCMだ。なんか四人でシェアハウスしてる感じの雰囲気で撮りたいらしい」
「いいですねぇ」
「で、どうする? 判断は四人に任せるけど」
正木は腕を組み、四人と視線を合わせる。
「俺はどっちでもいい。朱鳥、夏生、桃凛に合わせるから」
「受けてもいいんじゃないっすか」
「僕も受けていいかと」
「僕も二人に賛成ですぅ」
「分かった。伝えておくよ」
「頼んだよ、まさっきぃ」
正木は四人から離れ、スマホを操作したのち耳に当てて誰かと会話し始めた。四人はその姿を後ろに、楽屋へ入った。
「凉樹くん、ちょっといいっすか」
「どうした?」
「休憩中、芸人さんに話しかけられてましたよね?」
「あぁ」
「何の話してたんすか? 雰囲気最悪って感じでしたけど」
「いや、『咲佑が抜けて爽やかさ増したんじゃないか』って言ってきたんだよ」
「どういう意味で言われたんでしょうね」
「俺も夏生と同じこと思ったから聞いたんだよ。そしたら『あんな同性愛者が抜けたんだから』って」
「それ失礼過ぎませんか?」
夏生は珍しく怒気を含んだ声で言う。
「だよな。その人のこと否定するわけじゃないけどさ、咲佑のこと悪く言う人は信用できない」
「分かります。で、結局どう話終わらしたんすか?」
「終わらす前に収録再開になったから、結局収集つかないまま。でも、その直前に、失礼だからやめてもらえませんか、ってハッキリ伝えたんだけどな」
「もしかして、伝わらなかったんですか?」
「あぁ。その、もしかして、が現実だ。俺のほうが失礼だって言ってきたよ」
「その人、人間として終わってますね」
吐き捨てるように棘のあることを平気で言える精神を持つ朱鳥。俺は心配で仕方ない。
「朱鳥くん、そこまで言わなくてもぉ…。その気持ち分かりますけどぉ」
「だろ? 桃凛は悔しくないのか?」
「僕だって悔しいですよ。凉樹くんは正しいこと言ってるのに。それに、咲佑くんのことを悪く言う人のこと僕は好きになれません」
「桃凛の言う通りで、凉樹くんは悪くないですから、落ち込まないでくださいよ」
「みんな、ありがとな。その気持ちだけで嬉しい」
凉樹からの言葉に照れ笑いをする三人。誰かの私服から爽やかな香水の香りがした。
「咲佑は同性愛者であることを堂々と公表して、そのうえで芸能界を辞めずにソロ活動してる。咲佑は自分のために、誰かのために頑張ってる。だから俺はその邪魔をしたくないんだ。陰ながら支えてやりたいと思ってる」
「はい」
「朱鳥も、夏生も、桃凛も、共演者とかスタッフから嫌なこと言われたりするかもしれない。でも、それで刃向かったり、反抗的な態度を取ったりってことはするなよ? 多分言ってくる相手は俺らの反応を見て楽しみたいだけだろうからさ」
「そうっすよね。相手にするほうが馬鹿馬鹿しいっすよね」
「僕も咲佑くんのことを傷つけたくないので、何も言わないようにします」
「ちゃんと気を付けますぅ」
四人体制になってまだ一週間。今後どんな影響が出てくるかなんて予想できない。実際、今日みたいなことがこれからも起こるかもしれない。自分の言動でもう誰も傷つけたくない。そういう思いがあるからこそ、凉樹は自分の内面をまずは変えていくという決意をした。
収録途中に挟んだ休憩。そこでやはりあの話題が振られた。話のネタを持ってきたのは、同じ収録に参加している無礼なタイプの芸人だった。
「NATUralezaってさ、米村抜けて急に爽やかさ増したんじゃないの?」
「いや、そんなことないと思いますけど」
「でもでも、あんな同性愛者が抜けたんだからさ、爽やかになってるのは間違いないんじゃないの?」
「あの、咲佑のことを『あんな同性愛者』っていうのだけはやめてくれませんか。年上の人に言うのは失礼だと分かっています。でも、すいません」
「お前、石井だっけ? 失礼だよ」
「すいません」
これ以上、この芸人と絡んでいられないと思っていたときに、スタッフから収録再会の合図が出された。ホッとしたのも束の間、その芸人は収録が再開しても俺のことだけを執拗に睨みつけた。居心地の悪さを感じたが、どうすることもできぬままに、休憩から一時間半後に収録が終わりを迎えた。
「四人ともお疲れさん」楽屋に戻る途中で凉樹らは正木に話しかけられた。正木は収録が上手くいったものだと思って、誰よりも上機嫌でいる。手には仕事用のスマホが握られていた。
「そうだ。収録中に四人に仕事の依頼が来たんだよ」
「どんな内容?」
「住宅関連のCMだ。なんか四人でシェアハウスしてる感じの雰囲気で撮りたいらしい」
「いいですねぇ」
「で、どうする? 判断は四人に任せるけど」
正木は腕を組み、四人と視線を合わせる。
「俺はどっちでもいい。朱鳥、夏生、桃凛に合わせるから」
「受けてもいいんじゃないっすか」
「僕も受けていいかと」
「僕も二人に賛成ですぅ」
「分かった。伝えておくよ」
「頼んだよ、まさっきぃ」
正木は四人から離れ、スマホを操作したのち耳に当てて誰かと会話し始めた。四人はその姿を後ろに、楽屋へ入った。
「凉樹くん、ちょっといいっすか」
「どうした?」
「休憩中、芸人さんに話しかけられてましたよね?」
「あぁ」
「何の話してたんすか? 雰囲気最悪って感じでしたけど」
「いや、『咲佑が抜けて爽やかさ増したんじゃないか』って言ってきたんだよ」
「どういう意味で言われたんでしょうね」
「俺も夏生と同じこと思ったから聞いたんだよ。そしたら『あんな同性愛者が抜けたんだから』って」
「それ失礼過ぎませんか?」
夏生は珍しく怒気を含んだ声で言う。
「だよな。その人のこと否定するわけじゃないけどさ、咲佑のこと悪く言う人は信用できない」
「分かります。で、結局どう話終わらしたんすか?」
「終わらす前に収録再開になったから、結局収集つかないまま。でも、その直前に、失礼だからやめてもらえませんか、ってハッキリ伝えたんだけどな」
「もしかして、伝わらなかったんですか?」
「あぁ。その、もしかして、が現実だ。俺のほうが失礼だって言ってきたよ」
「その人、人間として終わってますね」
吐き捨てるように棘のあることを平気で言える精神を持つ朱鳥。俺は心配で仕方ない。
「朱鳥くん、そこまで言わなくてもぉ…。その気持ち分かりますけどぉ」
「だろ? 桃凛は悔しくないのか?」
「僕だって悔しいですよ。凉樹くんは正しいこと言ってるのに。それに、咲佑くんのことを悪く言う人のこと僕は好きになれません」
「桃凛の言う通りで、凉樹くんは悪くないですから、落ち込まないでくださいよ」
「みんな、ありがとな。その気持ちだけで嬉しい」
凉樹からの言葉に照れ笑いをする三人。誰かの私服から爽やかな香水の香りがした。
「咲佑は同性愛者であることを堂々と公表して、そのうえで芸能界を辞めずにソロ活動してる。咲佑は自分のために、誰かのために頑張ってる。だから俺はその邪魔をしたくないんだ。陰ながら支えてやりたいと思ってる」
「はい」
「朱鳥も、夏生も、桃凛も、共演者とかスタッフから嫌なこと言われたりするかもしれない。でも、それで刃向かったり、反抗的な態度を取ったりってことはするなよ? 多分言ってくる相手は俺らの反応を見て楽しみたいだけだろうからさ」
「そうっすよね。相手にするほうが馬鹿馬鹿しいっすよね」
「僕も咲佑くんのことを傷つけたくないので、何も言わないようにします」
「ちゃんと気を付けますぅ」
四人体制になってまだ一週間。今後どんな影響が出てくるかなんて予想できない。実際、今日みたいなことがこれからも起こるかもしれない。自分の言動でもう誰も傷つけたくない。そういう思いがあるからこそ、凉樹は自分の内面をまずは変えていくという決意をした。