「ね、あの‥‥‥‥」
「は、はいっ!!」
____授業中。
とつぜん肩を叩かれて、飛び上がってしまう。
声のした方を見ると、桜庭君が私を見ていた。
今までずっと隣は空席だったせいで、あまり慣れない。
「あ、ごめん。集中してた?」彼の色が、少しだけ濃くなる。
「い、いえ‥‥‥‥」
____マイナスの感情を持った音は、濃い色に見える。
普段の色が、一瞬だけ遅れて、濃く変わっていく。
私が集中していると思ったみたい。
「どうしたの‥‥‥?」
「あの、ここ。途中式が分からなくて。この範囲、やってないところだから」申し訳なさそうに、彼が言う。
「えっとね、ここは‥‥‥‥」自分のノートと照らし合わせる。
「まずここを計算して‥‥‥あ、ここ。間違ってるよ。7じゃなくて、8。それで、ここの式を」
「あ、そっか。なるほど!!‥‥‥ありがと」
ふわっ、と絵具をにじませたみたいに。はちみつ色が、じんわりと見える。
わ、きれい‥‥‥。
思わず目を細める。
普段の色が、プラスの感情を持った色と少しだけ混ざる。
木漏れ日が重なるみたいに、そこの部分だけ、色のフィルターがかかったようになる。
プラスの感情を持った色は、暖色が多いけれど。
桜庭君は、見ていてとても、安心する色だ。
「い、いえ。‥‥‥役に立てて、よかったです」
我に返って、なんとかお礼を口にする。
ちょっとうれしい。人の役に立てたこと、あまりないから。
それから何回か問題を教えているうち、彼が話しかけてきた。
『ねぇ しののめって、どう書くの?』
授業中ということで、筆談に切り替えたみたい。
『東の雲で 東雲 と書きます』
『珍しいね』
『そうですか? 桜庭君もですよね』
返事がないので、ちらっと隣を見る。
彼は「そうだね」とちょっと笑って、ノートに向きなおった。
ノートの端に残った『これからよろしく』の文字。
身体がふわふわした。