「海音、バスケ嫌いなの?」


「なんで」


「だって、つまんなそーに見てるから」

こっちに飛んできたボールをコートに戻して、彼が言う。







「体育がイヤなの?」

何も答えない私に、範囲を広げてもう一度聞く。


「‥‥‥うん」


「なんで?」


「‥‥‥だって、みんなと一緒じゃなくなるから」


「みんなと一緒がいいの?」


「そうじゃないと、楽しくないでしょ?」


「‥‥‥そっかなぁ」


「そうだよ」目の前を通り過ぎるボールを目で追いながら答える。





「うそでしょ、それ」




にっと笑った彼。


その表情が今でも焼き付いて離れない。






「海音、走んの好きでしょ」と、そのまま続ける。



まるで、最初からわたしが走ることが楽しいと感じていたのを見透かしていたように。





いいなぁ、と思った。


その表情ができる彼が、とても羨ましくて。


同時に、すごいと思った。他人の好きなことを理解するのは、難しいことだから。






「うん」


「‥‥‥‥‼やっぱり‼すんげー楽しそーだなって思ってたんだよ‼」


「でも、体育は嫌いだよ。差が出ちゃうから」


「‥‥‥好きなら、好きでよくない?」


「え‥‥‥‥?」







「クラスリレーでさ、海音めっちゃ速かったじゃん。あれ、すんげーかっこよかった‼」

「海音は、差が出るのイヤかもしんないけどさ。俺、走ってるときの海音見んの、好きなんだよね」







初めてだった。わたしのことを、好きって言ってくれる人。


勉強も運動もそれほどできる訳じゃなかったし、取り柄だってなかったのに。






これがきっかけで陸上部に入ったなんて言ったら、笑われるかもしれない。


でもほんとに嬉しくて。


彼のその一言が、わたしに「これができる」って気付かせてくれたから。











「差が出るからって諦めんの、勿体ないよ?」







____その時から星川昴という人は、わたしの中の「王子様」になった。


というようなことが、彼に渡した手紙には書いてあるはずだ。







「王子様」なんて子供っぽいと思われるかもしれないけど、今だったら「大切な人」という表現になるだろうか。


その日から無意識のうちに目で追ってしまっていたのを憶えている。