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「ママ、ただいま」

 白杖を折られてパニクってたってのに、すっかり上機嫌で、自宅の玄関から廊下に上がっていく千早。
 俺はもう帰りたかったんだが、千早がどうしてもと引き留めるので渋々残った。

「おかえり、ちーちゃん」

 廊下の奥から女性の声が聞こえてくる。
 千早の母親だろう。

「聞いて、帰りに自転車乗った感じ悪い人に白杖折られちゃって、王子様に助けてもらったの」

 慣れた様子でリビングに入って、千早は母親に報告した。
 また意味分かんねぇこと言ってやがる。

「龍生っていうんだけど、ほら、龍生こっちきて」

 立って様子を見ていたら、突然、廊下のほうからリビングの中に引き入れられた。
 どのくらい見えてるんだか、手探りでよく俺が立ってる場所が分かったな。

「あら、王子様……」

 キッチンから視線がこちらに向いて、千早の母親が俺を見て固まる。

 まあ、そうだろうな。
 俺は見た目が怖いから、きっと怯えられ……

「やだー、ごめんなさいね! ほら、ちーちゃん、こんなに小さいでしょ? 大きいからビックリしちゃった!」

 テンション高く近くにやってきた千早の母親にばんばんと背中を叩かれた。
 少し痛かったが、謎にほっとする。
 悪い霊でも祓われたか?

「龍生くん? ちーちゃんを助けてくれてありがとう。夕飯食べていくでしょ? できるまでちーちゃんの部屋で遊んでて」
「ああ……、はい」

 千早と別の意味で断りづらい。
 圧が強くて、俺はそう返事をしていた。

「龍生、僕の部屋、こっち」

 手を洗った途端に、腕を引かれて、階段を上っていく。
 腕を掴まれたまま上がるには狭くて肩や身体を壁にぶつけたが千早は気付いていなかった。

「ここ座って」

 部屋の中にテーブルはなく、使うときに組み立てる式のものが壁に立て掛けてあるのが見えた。そのおかげかベッドの前のスペースは広く、そこに座れと指示される。

 適当にあぐらをかいて座れば、前に座ってくるんだろうなと思っていたら

「おい、どこ座ってんだ」

 ナチュラルに勝手に足の上に座られて驚いた。

「龍生、手大きいよね」

 ――全然聞いてねぇ。

 俺に背中を預けるように寄りかかって、手をふにふにと握られる。

「千早、俺のこと怖くねぇのか?」
「どこが?」

 尋ねてみるが、千早は首だけで振り向いて見上げるだけだった。

 ほんと、距離感バグってんな……。 


 そして、夕食のとき、「あとねー、龍生にケーキもごちそうになったのー」と上機嫌に話されたときは顔には出さなかったが、なぜか心底照れ臭くなった。また餌付けしようと思った。