金澤が17時に帰り、18時半に喫茶と軽食のラストオーダーを取った。その30分後に一旦客が全員引くと、宮間と遙大の2人だけで、店内のレイアウトを変える。
 テーブルの向きを変えて入り口側に寄せ、店内の奥をステージに見立てる。4人掛けのテーブルは見かけ以上に重いのだが、宮間はひょろっとした身体つきにもかかわらず、これを1人で動かしてしまう。遙大は彼について、てきぱきと椅子を移動させた。

「今日のバンドは3人やけど、キーボードとフィドルがいてるから、ちょっと広めにスペース取っといたって」

 宮間の指示に従い、テーブルを少し後ろに下げた。ゲストも狭い店だと理解した上でここを使うが、彼らの楽器が何かにぶつかるような事態は避けなくてはいけない。

「お客さんは予約で18人、まあ満席御礼やな」

 はっきり言って遙大は、こんな狭い店でぎっちりと座り、小一時間も音楽を聴く人の気が知れない。前の席はテーブルを挟んでいるが、演者に手が届く位置だ。演者にしても、アンプは使えず、ヴォーカル以外にはマイクも出さないステージ(それでも聴く側にすると音は大き過ぎるくらいである)で、よく演奏する気になるなと思ってしまう。
 宮間がエプロンを外して酒の入った棚の鍵を開け、遙大が眼鏡をコンタクトに変えて前髪をピンで留めていると、本日の演者がやってきた。

「こんばんは、今日はよろしくお願いしまーす」

 明るく言いながら入ってきた男性は、キーボードの入った袋を担いでいた。いらっしゃい、と宮間が応じ、遙大が彼らを控え室に案内する。2人目の男性はギターを持ち、3人目の若い男性が珍しそうに店の中を覗いている。

「狭くてすみません」
「いえいえ、別に部屋があるだけで十分ですよ」

 ギターの男性が愛想よく言ってくれた。感じの良さそうなバンドでよかったと遙大は思ったが、小さなケースを肩に掛けた若い男性の顔を正面から見て、驚きのあまり叫びそうになった。
 同じクラスの嶋田奏汰だった。普段肩についている明るい色の髪を、ちょこんとゴムで束ねていたが、その他は制服から私服に着替えて出てきたというだけだ。遙大は顔を伏せ気味にして、バンドマンたちに言った。

「楽器設置して音出しもしてもらえるんで、何かあったら言うてください、椅子は2脚ですかね?」
「1つでいいわ、ありがとう」

 キーボードの男性に確認した遙大は、嶋田の脇を抜けて店内に戻ろうとしたが、あっ、という声に引きとめられた。

「あーっ、平池? やんな?」

 その声を聞いた遙大を襲ったのは、軽い絶望だった。変装とまではいかずとも、印象はだいぶ変わっているはずだった。にもかかわらず、こう簡単に見破られるとは。
 しらばっくれてもよかったが、文化祭の演劇でロミオ役を押しつけたことで、嶋田に対して若干罪悪感を抱いていた遙大は、認めることにした。

「……やったら何やねん?」
「何でそんな喧嘩腰なん?」

 あっけらかんとしている嶋田にややイラついた遙大だったが、バンドの面々がすぐに割りこんできて気が逸れた。

「えーっ、奏汰くんの友達?」
「高校3年? しっかりしてるなぁ」

 友達ではないとこの場で否定するのはあまりに感じが悪いので、遙大は無理に笑顔を作る。

「同じクラスです」