夏休みになると、遙大は自宅周辺で夏期講習とアルバイトに励む生活に入った。遙大は写真部に所属しているが、3年生には夏季休暇中の出席を求めておらず、少なくともお盆が終わるまでは、学校に出向かなくてよかった。
 高校生活最後の出品となる文化祭の展示に向けて、いい写真を各自数枚用意しておくよう顧問から言われている。2年半続けたアルバイトもいよいよ最終出勤月を迎えたので、店長に頼んで、店内で数枚撮らせてもらおうと遙大は思った。
 遙大のアルバイト先は、駅にほど近い雑居ビルの中にある、カフェ兼ライブハウスだ。といっても客が20人も入れば満席になる小さな店で、毎週金曜の20時以降のライブタイムは、ほぼ店長の趣味で開催されている。
 遙大はこの店で週3日、夕方から閉店まで働いているが、あくまでも周囲にはカフェバイトだと話していた。金曜の夜はこれまた店長の趣味で酒を出すため、店の雰囲気ががらっと変わる。いかがわしいとまでは思わないし、必ず22時までに上がらせてくれるが、あまり高校で大っぴらにしたくない。とはいえ世の中は狭いので、例えば教員などが来てもすぐにバレないよう、ライブタイムになると遙大は眼鏡をコンタクトに変え、前髪を上げるなどしていた。



 センター試験の数学の過去問題をキリのいいところで解き終わり、遙大はカフェ「レイクサイド」に向かった。太陽は壊れたかのように、容赦ない光を全力で地上に降り注いでいた。自転車を漕いでも風は生温く、強い日差しであっという間に汗ばむ。
 カフェは雑居ビルの3階のワンフロアを使い、入り口は1か所だ。遙大が店の扉を押すと、10人ほどの客が皆冷たいものを飲んでいた。

「遙ちゃん、おはよう」

 カウンターでグラスを拭いていた店長の宮間(みやま)と、空いたテーブルを片づけるフリーターの金澤(かなざわ)がほぼ同時に言った。おはようございます、と返し、遙大は奥の控え室に向かう。ボディペーパーで手早く汗を拭き、Tシャツを替えてエプロンを着けた。そして今日のライブの出演者のために、室内を片づけ始める。食材や飲料のストックを隅に寄せて床にスペースをつくり、普段使わない2人掛けのソファにかけられたカバーを外して畳む。
 店に出ると、宮間に礼を言われた。

「もうほんま、遙ちゃん辞めたら、金曜日ライブでけへんようになるわ」
「俺来る前からやってはったじゃないすか」

 遙大はややぶっきらぼうに応じた。我ながら、こんな調子でよく働いて来れたと思う。この店のスタッフも常連客も、高校生バイトがちょっぴり不愛想なのを大目に見てくれていた。
 大事なことを思い出して、遙大は洗い物をしながら尋ねる。

「店長、今日ライブ始まる前に店の写真撮っていいですか? 文化祭の展示のネタ探してて」

 遙大が写真部に所属していることを知る宮間は、あっさり答えた。

「ああ、バンドがええって言うてくれたら、ライブの写真も撮ったらええやん」

 演奏中にオーダーをする客はあまりいないので、ライブが始まれば案外暇なのだ。
 金澤が、アイスコーヒー2つでーす、とオーダーを告げる。遙大は濡れた手を拭いて、2つのグラスに氷を入れるべく冷凍庫を開けた。宮間は冷蔵庫からアイスコーヒーの入った水筒を出し、金澤はカウンターに入ってきて、コーヒーをドリップする準備を始めた。

「アイスコーヒー、7時までもたへんやろし沸かしときますよ」

 金曜のレイクサイドは、会場設営と出演者のリハーサルのために19時に一旦閉店する。それまでどれだけの客が来るかわからないが、今日はとにかく暑くて、アイスのメニューばかり出ているようだった。