「では皆さん、お盆以降登校できる日と時間を書いて、明後日僕に提出お願いします」

 遥大(ようた)は前を向き、しかしクラスメイトの顔を視界に入れずに淡々と告げた。集計が面倒臭いが、クラスリーダーの役目なので仕方ない。
 担任がコピーしてくれた提出用の予定表を捌き数えながら、各列の先頭に座る者に手渡していると、後方の席の男子の手が挙がる。

平池(ひらいけ)、体育祭の種目別の出場メンバーはいつ決めんねん?」

 先週言うたやろが。

「それは明後日、文化祭が先や」

 苛立ちが顔に出ないようにしながら、遥大は彼に答える。そしてプリントが教室内の30人に行き届いたのを目視で確認して、仕切り直す。

「ほな今から、『ロミオとジュリエット』の配役決めます、まず立候補どうぞ」

 3年生は例年、文化祭でクラス毎に演劇を披露する。黒板に主な登場人物名を書きながら、何でロミジュリやねんと遥大は突っ込みたいが、名作と言われる芝居を真面目に演るのが、この高校の伝統だ。
 遥大のクラスは3-A、理数科と呼ばれる組である。県立湖南(こなん)高等学校は、藩校を嚆矢とし、旧制中学時代を経て今に至る、歴史ある進学校だ。偏差値は県内最高を誇り、中でも選ばれし30人が集う理数科クラスは、例年国公立大や有名私学へ、全員が現役で進学している。
 9月上旬に行われる文化祭は、この高校の花形行事だ。生徒は発表の練習や模擬店の準備に力を入れ、地元の人たちも楽しみにしている。そこで3-Aが演じる劇は、素人の集まりであっても、努力の成果が見えるものでなくてはならなかった。
 予想通り、お祭り好きの文化系男子たちが、ロミオの友人辺りに手を挙げてきた。体育会系男子は、10月の体育祭に力を入れたいので、裏方に回りたがる。
 3-Aに女子生徒は7人しかいないが、ヒロインのジュリエットは、ミュージカル部の徳永(とくなが)聡美(さとみ)に決まっていた。彼女は部活では、文化祭の演目で主役をもらえなかったので、クラス演劇で真ん中に立つ気満々なのだ。

「徳永がジュリエットやったら、ロミオは低身長のブサメンには無理やなぁ」

 男子からそんな声が洩れ、笑いが起きた。徳永はすらりと背が高く、顔立ちも整っている。まあ皆、彼女の横に立つこと以前に、恋愛悲劇の主役なんて、こっ恥ずかしくてやっていられないだろう。
 ロミオが出ないと面倒だと遥大が思案していると、ホームルームの進行を黙って見ていた担任の長谷部(はせべ)が、やや無責任に口を挟んできた。

「徳永どうや、相手役に指名したい奴おらへんか?」

 徳永はつやつやした長い髪を揺らし、男子たちを女王の如く睥睨した。彼女は決して性格が悪い訳ではないが、何やら常に立ち振る舞いに迫力がある。

「えっと、嶋田(しまだ)くんやったらええかな?」

 皆が一斉に、誰も座っていない窓際の席を見た。遥大は不快感を覚えた。その席の主は常日頃から学校生活を軽視しており、こうして大切なことを決める時に、いないことが多い。
 遥大の中に、意地の悪い気持ちが湧いた。

「一応、嶋田にしとこか?」

 教室内が軽くざわめく。遥大は続けた。

「今日配役決めるて前から伝えてんのに、おらんほうが悪い」