あれは忘れもしない五歳の時。 
 その日は日曜日で俺は昼まで寝るつもりだったのだが、母親に急に起こされた。
 文句を垂れる俺をよそに母親は俺の手を引き、玄関の外へ連れ出したのだった。

「陽汰、紹介するわね」

 目の前にいたのは、俺と同い年くらいのショートカットの女の子だった。その子はズボンを履いていた。その頃の俺はズボンは男だけが履くものだと思い込んでいたから、その姿がやけに異様に映った。
 
「今日からうちの隣に越してきたはるかちゃん。ひなたと同い年よ。仲良くしてあげてね」

 母親は恥ずかしがる俺を半ば無理やりおじきさせた。

「いだい‼︎いだいって‼︎」
「コラひなた、ちゃんとしなさい!」
「ほら、はるかもごあいさつ」
 
 はるかちゃんの隣に立ってい
た母親らしき女性がそう言った。
 
「わたし、はるか!あなたのおなまえは?」
 
 はるかちゃんは目をキラキラと輝かせて元気いっぱいにそう言った。
 
「ぼくのなまえ……?ぼくはよしかわひなた」
「じゃあ、ひーくんだね!よろしくねっ」
 
 俺と彼女は握手した。
 人生で初めて握った女の子の手はとても温かった。
 
「はるかちゃん、よろしく」
「この二人、すぐに仲良くなれそうですね」
「ですね。良かったわ」
 
 そんな俺たちの様子を見て二人の母親も嬉しそうに笑っていた。
 母親たちの予想通り、俺たちはすぐに打ち解け、やがて毎日一緒に遊ぶようになった。
 お互いひとりっ子で、遊び相手が欲しかったっていうのもあったのだろう。
 
「ひーくん、あーそぼっ!」
 
 はるかちゃんのそんな声が聞こえてくるのが、俺は毎日待ち遠しかった。
 はるかちゃんはいつでも笑顔を絶やさない明るい子だった。加えて運動神経抜群。
 俺よりも誕生日が少し早いっていう理由で、同い年なのによくお姉さんぶっていたっけ。
 春も夏も秋も冬もずっと遊んでいた。
 ただ意味もなく、走ったり、ボール遊びしたり、たまに、はるかちゃんの家で人形遊びやおままごとをしたり、俺の家ではミニカーやプラレールで遊んだ。
 雪が降った時には、二人で大きい雪だるまをつくって、雪合戦して…
 そういえば、一度プールにも行ったっけ。
 思い出すとキリが無いな。
 とにかく、当時の俺にとっては、彼女と過ごす時間が他の何よりも大切で、楽しかった。
 今思えば、俺の初恋は、はるかちゃんだったんだ。
 でも、そんな幸せな日々も長くは続かなかった。