『ねぇ、ひーくん!』
 
 ショートカットの少女が微笑む。
 
『おとなになったら、ぜったい、けっこんしようね!』
 
 ー俺はあの子を
   今でも忘れられないー
   
 ピピピ……‼︎ピピピ……‼︎
 頭上からは壊れかけなのか、
やけに煩い目覚まし時計の音が聞こえた。
 俺は寝そべったまま、
手を伸ばして目覚ましを止めた。
 
「また、あの夢か……」
 
 本当、
いつまで、引きずるんだよって話だよな。
 
「よっと」
 
 俺はベッドから起き上がった。
 また、いつも通りの変わり映えのない普通すぎるほど普通な一日が始まるんだ。
 歯を磨いて、顔を洗って、制服に着替えて、朝飯を食う。
 髪を整え終え、部屋を見渡した。
 
「よし、忘れてる物は……ないな」
 
 そしてリュックを背負う。
 
「行ってきます……って、誰もいねぇけど」
 
 鍵をかけると、俺は歩き始めた。

「ったく。何で開かねぇんだよ」

立て付けの悪い教室の引き戸を前に、
舌打ちしていると




「おぉ、おはよう、陽汰」
「おはよう、近藤」
「お前さぁ、もう仲良くなってから、一年以上経ってんのにまだ、オレのこと、苗字で呼ぶのか?」
 
 そんな風に斜め前の席から不満そうに文句を言ってくる茶髪のチャラい野郎は、近藤圭介。
 クラスメイトであり、高校で出会った俺の数少ない友達だ。
 今は五月の中旬だから、確かにこいつと出会ってから一年以上が経っている。
 
「だから、何だよ」
「何だよって、何だよ」
「聞き返すな、別にどうでも良いだろ?呼び方なんか」
「お前は相変わらず、冷たいなぁ。っていうか、聞いてくれよ〜」
 
 近藤の頬がゆるんでいた。
 もう、この表情からこいつが今から何の話をするのかは察しがついた。
 
「昨日さぁ〜、オレ、彼女とデートしたんだよぉ〜」
 
 やっぱり。
 定期的に聞かされる惚気話だ。
 
「で、遊園地行ったんだけどよぉ、オレがお化け屋敷でビビりすぎて、それに気づいた彼女がな、オレの手をとって、『大丈夫だよ、私がいるから。』って言ったんだよ〜。もうそれがすげぇかっこよくて。オレの彼女マジで最高過ぎるんだけどぉ〜‼︎」
「お前が付き合ってるの、二組の麻倉さんだっけ?」
「そうだけど……えっ、お前、もしかして狙ってんの?あぁ〜人の彼女に手出しちゃう系?引くわぁ〜」
「違ぇよ。人の名前覚えんの苦手だから、合ってるか確認しただけだ」
「ほんとか〜⁇」
「……うぜぇ」
「おいおい、聞こえてんぞ?」
 
 近藤は相変わらずだ。

「はぁ……」
 
 俺はため息をついた。
 でも、こんなぼっちな俺と仲良くしてくれているのは正直ありがたい。

「確かにお前って女子の話とかもしないもんな。ほら、誰が可愛いとかさ」
「そうか?」
「あぁ。もしかしてさお前って……初恋の子、引きずってたりするタイプ?」
「まさか‼︎高校生にもなって、そ、そ、そんな訳ないだろ?流石に俺もそこまでキモいやつじゃないからな?」
「その反応は、怪しいな〜?」
「どこがだよ?言ってみろ」
「じゃあ、教えてやるよ。お前、さっき超早口になってたし目も泳いでた」
「……マジで?」
「あぁ。ほんと分かりやすいなぁ、お前って」
「っるせぇよ……と、とにかく…その話はまた今度な。ほら、そろそろ担任来るし」
「言ったな?じゃあ、絶対教えろよな」
「はいはい」

 俺は近藤を適当にあしらうと、自分の席に着いた。
 悔しいが、正直、こいつの言ってることは図星だった。