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「おい!夏目!!」
ガタッガタガタッ
部室に顧問の渡邉先生がやって来た。
「渡邉先生、珍しいですね」
夏目先輩がコーヒーを飲もうとする手を止める。
「お前、ティーンズフォトコンテスト、最優秀賞!!」
「えっ?」
「最優秀賞だよ!ほら、見てみろ。エクソンからの手紙!」
その時、俺と夏目先輩はもちろん、長谷川先輩と吉川先輩も部室にいた。そして田中先輩も。
「しっかしお前ら引退した筈なのに何でまだ部室に入り浸ってんだー?」
渡邉先生が困ったように先輩達を見渡す。
「まあまあ、先生」
田中先輩が渡邉先生を宥める。
俺も夏目先輩もまだ半信半疑で、渡邉先生が持って来た手紙を真剣に覗き込む。
吉川先輩が横から覗き込んで、滑舌の良い口調で手紙を読み上げてくれた。
「第36回ティーンズフォトコンテスト2024にご出品頂きありがとうございました。9月某日に審査会を開き、厳正なる審査の結果、貴殿の作品《朝靄に溶ける》が最優秀賞に決まりました。おめでとう御座います。
つきましては、表彰式を下記のとおり行いますのでご案内致します。なお、受賞作品はエクソンミュージアムでの展覧会に出品の為、お預かり致します」
夏目先輩が俺を見つめる。
「先輩…おめでとうございます!」
俺は実感が込み上げて来た。
「あ…ありがとう」
「琉生ー!良かったなー!!」
吉川先輩が夏目先輩の髪をグシャグシャに掻き乱す。
「長年の夢が叶ったな。どんな作品を出したんだよ?」
長谷川先輩も夏目先輩の肩を組む。
「あ、出品したのと同じプリントがある」
夏目先輩が引き出しから大きな作品ファイルを取り出した。
「これ…」
先輩がファイルに挟まれていた写真を一枚抜き出して机の上に乗せる。
モノクロの写真だけど、全体が白い靄に覆われているのが分かる。
朝靄の立ち込める森の中。
自転車に片腕を掛けて、真っ直ぐにこちらを向いて静かに立つ人影。
わざとピントを甘くして、ボヤけたようにプリントしてある。
俺は先輩がどの写真を出品したのか知らなかった。
カラープリントは業者に頼むけど、今回は校舎の一角に作られた暗室に篭って、モノクロでプリントしたのは知っていた。
写真を現像する為に暗くした室内には、現像に影響の出ない赤いランプが付けられていて、まるで森の中に居るみたいに、朝靄の森の写真がたくさんぶら下げられていた。
「先輩、どの写真を出すんですか?」
「秘密だよ」
「もう決まってるんですね」
「うん。今決めた」
酸っぱいような匂いの強い現像液の中に浮かぶ写真を一枚トングで摘み上げると、先輩は俺の方を見て微笑んだ。
「見せてくださいよ」
「嫌だ。だってあの時に実際見た風景より数段、幻想的に創り上げたから。俺の心の中を見せるみたいで恥ずかしい」
先輩はその一枚の写真を、現像停止液、現像定着液の順番に注意深く浸けていく。そして天井に渡したロープに洗濯バサミで挟むと、ホッとしたように俺を見て微笑んだ。
赤いランプに照らされた先輩のその大きな瞳が妖しく潤んで見えて、ドキッとする。
夏目先輩が制服の白シャツのボタンを一つずつ外しながら、ゆっくりと俺の方へ近づいて来た。
〰︎おしまい〰︎
「おい!夏目!!」
ガタッガタガタッ
部室に顧問の渡邉先生がやって来た。
「渡邉先生、珍しいですね」
夏目先輩がコーヒーを飲もうとする手を止める。
「お前、ティーンズフォトコンテスト、最優秀賞!!」
「えっ?」
「最優秀賞だよ!ほら、見てみろ。エクソンからの手紙!」
その時、俺と夏目先輩はもちろん、長谷川先輩と吉川先輩も部室にいた。そして田中先輩も。
「しっかしお前ら引退した筈なのに何でまだ部室に入り浸ってんだー?」
渡邉先生が困ったように先輩達を見渡す。
「まあまあ、先生」
田中先輩が渡邉先生を宥める。
俺も夏目先輩もまだ半信半疑で、渡邉先生が持って来た手紙を真剣に覗き込む。
吉川先輩が横から覗き込んで、滑舌の良い口調で手紙を読み上げてくれた。
「第36回ティーンズフォトコンテスト2024にご出品頂きありがとうございました。9月某日に審査会を開き、厳正なる審査の結果、貴殿の作品《朝靄に溶ける》が最優秀賞に決まりました。おめでとう御座います。
つきましては、表彰式を下記のとおり行いますのでご案内致します。なお、受賞作品はエクソンミュージアムでの展覧会に出品の為、お預かり致します」
夏目先輩が俺を見つめる。
「先輩…おめでとうございます!」
俺は実感が込み上げて来た。
「あ…ありがとう」
「琉生ー!良かったなー!!」
吉川先輩が夏目先輩の髪をグシャグシャに掻き乱す。
「長年の夢が叶ったな。どんな作品を出したんだよ?」
長谷川先輩も夏目先輩の肩を組む。
「あ、出品したのと同じプリントがある」
夏目先輩が引き出しから大きな作品ファイルを取り出した。
「これ…」
先輩がファイルに挟まれていた写真を一枚抜き出して机の上に乗せる。
モノクロの写真だけど、全体が白い靄に覆われているのが分かる。
朝靄の立ち込める森の中。
自転車に片腕を掛けて、真っ直ぐにこちらを向いて静かに立つ人影。
わざとピントを甘くして、ボヤけたようにプリントしてある。
俺は先輩がどの写真を出品したのか知らなかった。
カラープリントは業者に頼むけど、今回は校舎の一角に作られた暗室に篭って、モノクロでプリントしたのは知っていた。
写真を現像する為に暗くした室内には、現像に影響の出ない赤いランプが付けられていて、まるで森の中に居るみたいに、朝靄の森の写真がたくさんぶら下げられていた。
「先輩、どの写真を出すんですか?」
「秘密だよ」
「もう決まってるんですね」
「うん。今決めた」
酸っぱいような匂いの強い現像液の中に浮かぶ写真を一枚トングで摘み上げると、先輩は俺の方を見て微笑んだ。
「見せてくださいよ」
「嫌だ。だってあの時に実際見た風景より数段、幻想的に創り上げたから。俺の心の中を見せるみたいで恥ずかしい」
先輩はその一枚の写真を、現像停止液、現像定着液の順番に注意深く浸けていく。そして天井に渡したロープに洗濯バサミで挟むと、ホッとしたように俺を見て微笑んだ。
赤いランプに照らされた先輩のその大きな瞳が妖しく潤んで見えて、ドキッとする。
夏目先輩が制服の白シャツのボタンを一つずつ外しながら、ゆっくりと俺の方へ近づいて来た。
〰︎おしまい〰︎