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 授業が終わって、《陰キャ長屋》…じゃなくて部室棟へ向かう。

 部室棟には、俺の所属する写真部の他に、美術部、演劇部、放送部、イベント活動部の部室が並んでいる。

 ガタッガタタッと重い部室の扉を開けると、今日も美術部部長の長谷川先輩と放送部部長の吉川先輩が来ていた。

 「おー、敬、待ってたよ!」

 夏目先輩が一番奥の席に座ったまま、ヒラヒラと手を振る。

 「やー、大川くん」

 放送部部長の吉川先輩が、相変わらずの滑舌のいいアナウンサーのような話し方で声を掛けてくる。 

 吉川先輩は将来はテレビの人気ニュースキャスターになるんじゃないかと周りの期待が集まるイケメンだ。

 美術部部長の長谷川先輩も、ニヒルな笑顔を浮かべて、黙って片手を上げる。

 この人も凄くモテる。

 スラッとしたイケメンで、長めの前髪を掻き上げてキャンバスに向かう姿がミステリアスらしく、女子達が虜になっている。

 「吉川先輩も長谷川先輩も、また来てるんですか?ちゃんと自分達の部活動もやって下さいね」

 「絵も描いてるから大丈夫。敬のキャンバスも置いてあるんだから、いつでも描きに来いよ」

 長谷川先輩が妖艶に微笑む。

 「ありがとうございます。また描きに行きます」

 本当は美術部に入ろうと思っていた事は言っていないけれど、絵を描くのは好きだという話をしたら、長谷川先輩が美術部の部室に俺のキャンバスや絵の具道具を置かせてくれた。

 なかなか描きに行けないけど…。

 暇はたっぷりあるんだけど、俺は居心地のいい写真部の部室が気に入っているし、何と言っても夏目先輩のそばになるべく居たかった。
 
 「先輩達、コーヒー飲みます?」

 「敬、ありがとう」

 夏目先輩が大きな瞳を細めて微笑んでくれる。

 俺の好きな笑顔。

 「いいえ」

 切ない感情が顔に滲み出ないように気をつけながら、俺も笑顔を返した。

 「ありがとう、大川くん。今日は夏合宿の事を琉生と相談してたんだよ」

 吉川先輩が言う。

 「へー!夏合宿なんてやるんですね」

 俺は電気ポットに水を入れてスイッチを入れた。

 「そう。夏休みに二泊三日でね。陰キャ長屋のみんなで合同合宿するんだよ。敬、宮原島って知ってる?」

 夏目先輩が戸棚からカップを四つ取り出しながら言った。

 「いいえ。知らないです」

 「毎年そこへ行くんだけど、アートの島なんだよ。島のあちこちにアーティストの作品が展示されてる」

 夏目先輩はそう言いながら、インスタントコーヒーの入った瓶の蓋を開けた。

 「あ、そんな島の話、聞いたことがあります。そこへ行くんですね」

 長谷川先輩が、

 「そ。毎年少しずつ展示が変わったり、新しい作品が増えたりするから面白いよ。プロの作品もあるし、アマチュアの作品もあるんだ」

 と言って、お菓子の入った缶をバコッと開けると、吉川先輩と一緒に覗き込む。

 「あー、ソフトクッキーもう無くなったか。また補充しなきゃな」

 吉川先輩が呟く。

 「吉川、よろしくっ!」

 長谷川先輩が吉川先輩の肩をポンッと叩いた。

 「長谷川、お前もしょっちゅう来てんだから、ちゃんと写真部に寄付しろよ?」

 吉川先輩が長谷川先輩を睨む。

 「はいはい」

 「でもさ、夏合宿が終わったら、俺たちも部活引退か。なんか寂しいなぁ」

 夏目先輩がフーッと溜め息をついて言った。

 引退……。

 先輩とこうやって部室で過ごせる日も、もうあと僅かなのか。

 俺は夏目先輩がコーヒーの粉を入れてくれたカップに、ポットのお湯を注いで、みんなに手渡す。

 長谷川先輩は俺からコーヒーを受け取ると、

 「敬、ありがとう。…まあ、あっという間だよな。琉生は最後のフォトコンテストに出す作品、また島で撮るんだろ」

 と言って、キャンディ状に包まれた塩味の煎餅を缶から取り出す。

 「あ、お前、それいく?俺も狙ってたんだけどなー」

 吉川先輩はそう言って、コーラの缶を模した小さな筒状の容器に入ったラムネを取り出した。

 「吉川、半分食べる?」

 長谷川先輩が煎餅を口に咥えて吉川先輩の口元へ近づける。

 二人のイケメンが(じゃ)れあっていると絵になる。

 「いらん」

 吉川先輩は容器からラムネを全部手の平に振り出すと、一気に口へ放り込んだ。

 その時、夏目先輩が急に立ち上がった。

 「ティーンズフォトコンテスト2024(ニゼロニヨン)!俺は今年こそ、島の朝靄の風景を撮って最優秀賞を目指したい!それで、エクソンミュージアムでの展示を勝ち取る!!」

 
 唐突な夏目先輩の宣言に、びっくりして先輩の顔を見上げると、拳を握った先輩の大きな瞳が闘志に燃えていた。

 
 「琉生、燃えてんなー」

 
 長谷川先輩がポツリと呟く。

 
 吉川先輩もボリボリと口いっぱいのラムネを噛み砕きながら頷いた。