「神谷さん、私先教室行くね」
「えっ、なんで?私奏葉ともっと話したいのに…」
「話す…?な、なんで私なんか」
たった一言伝えただけなのに、神谷さんはやけに寂しそうな顔をした。
話したい…?私と?この状況で神谷さんは私を選ぶのだろうか。
やっぱり神谷さんの考えていることは分からない。
「ごめん!私奏葉と一緒に行くからみんな先行っといて!」
私が啞然としている間に神谷さんはあっさりと数人の女の子達を断り、また私のところへ戻ってきた。
「はい!これで今は二人だよ」
「な、なんで」
「ん?」
「なんで、そんなに私に構ってくれるの?」
訳が分からなくて、少し強い言い方になってしまった気がする。
それでも神谷さんは何でもないような顔で続けた。
「奏葉ともっと仲良くなりたいから。それだけの理由で、一緒にいちゃだめなの?」
そう言った神谷さんの顔は真剣だった。
今まで笑顔の神谷さんをたくさん見てきたけれど、今日ばかりは違った。
「さっきからどうしてそんなに自分のことを下げてるの。私は奏葉と一緒にいたらだめなの?私のこと嫌い?それならこういうこと辞める」
「そんなことない!けど…ほんとに分からなくて。ごめんなさい」
ずっと私だけが分からない。
相手の顔色は人一倍窺って生きてきたはずなのに、いざという時には自分の気持ちも相手の気持ちも、何も分からなくなってしまう。
相手が今何を思っていて、自分に対してどんなことを思ってくれているのか。
いつしか悪い方向にしか考えられなくなってしまって、それが今相手を傷つけてしまったかもしれない。
そう考えるとぞっとした。自分の鎧だったものが、神谷さんを傷つけた?
「…謝らないでよ。私こそごめん。今まで奏葉みたいなタイプの子と仲良くなったことなくて…私と違いすぎて距離の縮め方、分かんなかった」
「嬉しい、けど。私…神谷さんや他の女の子みたいに上手く人と話せないし、それに友達もいないし」
「だから友達は私がなるって!」
突然頬を両手でつかまれて、俯いていた目線が神谷さんと合った。
きゅっと噛みしめた唇が少し泣きそうに見えて口を開こうとしたけれど、何と言っていいのか分からなかった。
「友達に、なってほしい」
「でも、でもさ…神谷さん」
「今すぐじゃなくていい。今は私のこと友達だなんて思えなくてもいいから、一緒にいちゃ、だめかな」
最後にはすがるような形でお願いをされてしまい、断ることなんてできなかった。
「分かった」
「…ほんとに?」
「私なんかに面と向かって友達になってほしいなんて言う人、きっと神谷さんだけだし。そんなありがたいことないよ」
「愛梨」
「え?」
「友達でしょ?愛梨って呼んでよ」
頬にあてられていた手で、自分の手を包まれる。
「あい、りちゃん」
「奏葉」
「なんか恥ずかしい…」
「私だって恥ずかしいよ。小学生かっつーの」
照れたように笑った彼女と目が合って、私も笑った。
「ってやばい。私達朝から何してんの⁈遅刻しちゃうよ、急ごう!」
「う、うん!」
友達ができたのは小学生の時以来。
けれどその時の友達は友達と言えたほどの仲ではない。
お互い友達がいない子の詰め合わせで、言ってしまえば余り物仲間だった。
そんな形だけだった友達との関係しか知らない私に愛梨ちゃんと上手くやっていけるかなんて分からない。
けれど彼女があまりにも強引に引っぱっていくから、私も思わず走りだしてしまった。