今日はクリスマス。
世間は騒がしいのだろうけれど、受験生の私にとってはそんなの目に入れている暇もない。
卒業したらお母さんから離れると決意した日から、もうすぐ一か月。
家では最低限の会話しかせず、私は一日のほとんどを塾で過ごす。その生活にも慣れてきた。
親とは言えど所詮は他人だ。
血が繋がっていようが分かり合えない親は残念ながらいるらしい。
それが自分だけではないことを知った時から、少し心が楽になった。
それに、私はもうお母さんがいなくたって一人じゃない。

「メリークリスマス」

「な、なんで?」

「なんででしょう~」

クリスマスも関係なく塾で一日過ごしていた私は今日も二十二時頃外に出る。
すると塾の前には見慣れた立ち姿があって、山宮くんがいた。

「前連絡した時にいつもこの時間まで塾にいるって言ってたからいたらいいなって」

「それだけで来たの⁈」

「久しぶりに会いたくて」

その一言で一気に一日の疲れが吹っ飛んでしまう。
山宮くんのパワーは私の中で絶大だ。

「私も…会いたかった、けど」

「そう?」

「な、何回も聞かないでよ」

「ごめん、嬉しくて」

最近、山宮くんとの距離がまた近づいたような気がしている。
あれからまだ山宮くんとそういう話はしていないからどう思われているのかは分からないけど、二人きりで会う時間が増えているのは確かだった。
二人きりで会うと言ってもお互い受験生なのでどこか遠くに出かけたりはしない。
こうしてたまに会って、くだらないことを話しているだけだ。
けれどいつの間にかその時間が何より大切で、愛おしいものになっている。

「そう。だから妹も俺と同じで甘い物とかめっちゃ好きなの」

「へぇ~山宮くんの妹さんなんだから、めちゃくちゃ可愛いんだろうな…」

「今度会う?この間白石さんの話したら妹が会いたがってたよ」

「えっ、いいの?じゃあ受験が終わったら会いに行こうかな」

「いつでも待ってるよ」

今の話だと、山宮くんの家に行くことがあるかもしれない。
妹さんに会うという理由だとしても、山宮くんの家にお邪魔する時はとんでもなく緊張してしまいそうだ。

「受験終わったら、何したい?」

「うーん…まず思いっきり寝たい!」

「今もちゃんと寝ないと駄目だよ」

「もちろん今も寝られてるけど、休みの日にお昼まで寝るとか?」

「あーそれは分かる」

「山宮くんは?」

私が逆に問いかけると、山宮くんは少し考えてから言った。

「白石さんとどこか行きたい、かな」

心像が跳ねた。不意にくる山宮くんの直球すぎる言葉にどんな反応をしていいのか分からなくなってしまう。

「…そんなこと言われたら変に期待しちゃうよ」

「期待していいよ」

「えっ…意味分かってる?」

「うん」

山宮くんは私をまっすぐ見つめている。
照れる私は目を逸らすけど、その視線を山宮くんが追いかけてくる。

「へへ、照れてる」

「もう!またからかって…」

「ごめんね。曖昧なことはしたくないんだけど受験、終わってからの方がいいかなって」

その言葉に顔が赤くなる。この際もっと大胆になってもいいのだろうか。

「…じゃあ、これくらいならいい?」

私は勇気を出して、手のひらを山宮くんに差し出した。
山宮くんは少し驚いた顔をして、嬉しそうに手を握ってくれる。
初めてしっかりと感じた山宮くんの手は大きくて、少し冷たかった。
こんなに冷たくなるまで私のことを待っていてくれたのかと思うと、彼が愛おしくてたまらない。

「私、すぐそこだから」

「うん」

けれどその幸せな時間は短く、あっという間に家に着いてしまった。
繋がれた手が離しがたい。ずっとこのまま繋いで、どこか知らないところまで二人で歩いてしまいたい。

「…帰りたくない?」

「ううん…大丈夫。もう慣れた」

心配そうな山宮くんを安心させるように私は笑顔で手を離す。

「ありがとう。また今度ね」

そう言って、私は彼に背中を向ける。
けれどすぐに後ろから抱きしめられた。
心像が爆発しそうにうるさい。
山宮くんの体温が私の背中を通じて伝わってくるのか分かる。
しかし山宮くんは数秒で私の体から離れた。
不思議に思ってまた後ろを振り返ると、山宮くんは意地悪な笑顔で言う。

「寂しそうな顔しないでよ。またすぐ会いに行くから」

「し、してないよ」

「してたよ~、まぁいいや。じゃあね」

山宮くんはそう言ってあっさりと帰っていった。
一方私はというと、先ほどの状態から状況を飲み込めずにいる。
幸せと恥ずかしさと少しの寂しさで、顔が熱い。
さっきまで一緒にいたはずなのに、もう山宮くんに会いたい。
前までは明日のことを考えただけで憂鬱になってしまう人生だった。
けれど山宮くんと出会ったことで、少し先の未来を見ることも怖くなくなった。