「そう。…なら勝手にしなさい」
呆れたような声。
椅子を立ちあがり廊下に出た瞬間、堪えていた涙が溢れた。
嗚咽が漏れないように必死に手で声を抑えながら階段を上がり、自分の部屋のドアを閉めた。
ベットの上にある枕に顔を押し付けて、声を殺して泣いた。
感情がぐちゃぐちゃで、自分でもなぜ涙が出るのか分からない。
やっと自分の意見をお母さんに言うことができた安心感からなのか。見捨てられてしまったことが悲しかったのか。
それとも他の理由なのか分からない。
けれどどこかすっきりしている自分もいた。
考えても分からなかったしとにかく涙が止まらなかったので、いっそ自分が満足するまで泣いてやろうと思った。
ひとしきり泣くと、頭がぼうっとして何も考えられなくなっていた。
自分は今何で泣いているのか、もっと分からなくなった。
自分の感情が迷子になって、無性に誰かに縋りたい気分だ。
重い頭のまま私はベットで泣く直前に床に投げたリュックからスマホを取り出す。
雑な動作でアプリを開き、トーク履歴を遡る。
数少ない連絡先の中から一つの名前を見つけた次の瞬間には、無意識に電話をかけていた。
電話のコール音が数回鳴って、向こうの声が聞こえるまで一瞬だった。
「どうした?」
聞きなれた優しい声。その声が今は涙の原料に変わってしまう。
いきなりかけてしまったものの、何を話せばいいのか分からなくてすぐに後悔した。
けれど彼の方から話しかけてくれた。
「何かあった?」
その声を聞いた途端さっき止まったはずの涙が溢れて、スマホの液晶画面に一粒零れ落ちた。
「お母さんに、言ったの。けど…駄目だった」
「うん」
突然電話をかけてきたことも、泣きながらたどたどしい言葉を発することも、山宮くんは何も責めなかった。
「お母さんに見捨てられることが、ずっと怖かった。だからいい子でいたけど、それももう辞めようって。だから言ったのにやっぱり、悲しいっ…馬鹿、だね私」
「そんなことない」
優しく私のことを肯定してくれる声が、今は苦しい。苦しくて。あったかい。
「白石さんは頑張ったよ。自分の意見お母さんに言えたんでしょ?そのこと、後悔してる?」
「ううん…っ」
「なら、それが正解だったんだよ。白石さんは何も間違ってない」
私はその言葉を受け取って、また泣いた。
ずっと自分がなかった。
自分の意見なんか言ったことがなかったし、言ってそれを否定されてしまうことも怖かった。
そんな私がお母さんに自分の意見を言った。そのことに自分が一番すっきりしていた。
けれどそれと引き換えに今まで曖昧にしていたお母さんとの関係が本当に終わってしまったことが、悲しかった。
お母さんにどれだけ憎いところがあっても、同じくらい好きなところだってあった。
失いたくなかったけれど、もう自分をこれ以上壊したくない。
私の場合、どちらかを手に入れるには片方を捨てるしかなかったのだ。
色々な感情でごちゃごちゃだけど、きっと正解だったと思える日が来る。
今はそう思うことしかできなかった。