その日の帰り、山宮くんと次図書館で会う約束をした。ちょうど一週間後の、同じ時間。この場所で。
山宮くんに言われて、連絡先の交換までした。
山宮くんと別れてからもうしばらく経つのに、まだ心臓が落ち着かない。
いつもと全く同じ帰り道なはずなのに、何だか初めて通る道みたいだった。
自宅の最寄り駅まで電車で三十分と少し。そこから歩いて十分。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれる帰宅ラッシュの満員電車も、今日は心に余裕があるからかそこまで不快じゃない。
普段は物凄く長くて、憂鬱に感じるその道がとても短く感じた。
しかし、そんな気持ちも家に帰ったら元に戻ってしまう。
幸せな気持ちなんてそう長く続くものじゃないんだと、昔読んだ小説に書いてあったが本当みたいだ。

「ただい…」

「奏葉、一体どこに行ってたの?学校が終わってからもう四時間も経ってるじゃない」

自宅のドアを開けた途端、聞きなれたお母さんの声がした。
その声で私はやっといつもの私に戻ったような気がする。
怒鳴ってはいないものの明らかに機嫌を損ねているお母さんをどうにか落ちつかせるなければ。
どうにかお母さんを納得させて平穏に済ませる嘘を考えるために、猛スピードで頭を働かせる。

「ごめんなさい。…図書館で勉強してたらこんな時間になっちゃった」

「そんなこと言って、またくだらない小説でも読んでたんじゃないの?」

図星を突かれて焦る気持ちと、自分の大好きな小説を馬鹿にされた怒りで心が乱されるのが分かる。
お母さんと話す時は昔からいつもこうだ。
私の好きなものを頭から否定して、自分の考え方を押し付けてくるのは完全にいつものパターンだ。
けれどこの時、私も同じように感情を出してはいけない。
感情を出してしまった時点で今日のところは収集がつかなくなってしまうので、ここは私がグッと気持ちを抑える。

「もうすぐ塾の模試も近いのにそんな暇ないよ。今日は夜ご飯いらないから」

「ちょっと奏葉!」

お母さんの声を半ば遮る形で私は自分の部屋のドアを閉めた。
あぁ、せっかくの幸せな気持ちがあっという間にどこかへ行ってしまった。
イライラして何もかも投げ出してしまいたくなる衝動を抑えて私は通学鞄のリュックから数学の問題集を取り出す。
お母さんの存在を思い出すと、良くも悪くも現実に戻される。
私は今日話した神谷さんや山宮くんのような人間にはなれない。
自分には勉強しかない。
その言葉を頭の中で呪文のように繰り返す。
大丈夫。今までもそうやってやってきたんだから。
自分にそう言い聞かせてから、もう溢れてしまいそうな頭にまた数学の公式を詰め込んだ。