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その日、家に帰るとお母さんはいつものようにリビングの机に座っていた。
けれどその背中はどこはいつもと違う。
「ただいま」
少しためらったが、ここで意地を張っていてもしょうがない。
そう思いお母さんに声をかけた。
振り返ったお母さんの顔はほっとしたかのような安心感で満ち溢れていた。
お母さんも朝の言い合いを引きずっていたのだろうか。
「朝は、ごめん」
「もういいわよ。お母さんも朝から勉強の話なんてするべきじゃなかった。ごめんね」
こういった場面で、お母さんに謝られたのは初めてだった。
その変化に驚きつつ、私はお母さんの座っている正面の椅子に腰をかける。
「お母さん、話があるの」
「…何、改まって」
今日山宮くんと話して自分の中で一つの決心ができた。
「受験が終わったら、もう私の成績に干渉しないでほしい」
お母さんの意見に反対するようなことを口にしたのは初めてで、緊張で喉が引っ付きそうだった。
お母さんの顔色を伺うが、変化がなく何を思っているのか分からないのが怖い。
けれど私は臆せずに言葉を続ける。
「今までずっとお母さんの言う通りに生きてきた。それでいいって私も思ってた。けどずっと、息苦しかった」
私の言葉で、お母さんは顔をあげた。
「そのうち自分の価値が勉強だけだって思うようにもなった。勉強ができなかったら自分は価値がない人間で、お母さんもみんなも離れていくって。でも、そのままの私も取り繕った私も全部まとめて認めてくれる人達に出会ったの。それで、やっと決心がついた」
私はお母さんをまっすぐ見つめて、言った。
こんなにお母さんの目を正面から見たのはいつ振りだろうか。
お母さんの顔を見ることができなくなったあの時から、きっと何かがずっと壊れてた。
「受験は最後までやり切る。全力で頑張って、志望校に受かる。でもその後のことはもう干渉してほしくない。このことを叶えるためだったら何でもする。…だからお願い」
私はお母さんに向かって頭を下げた。
そしてその返事は思っていたよりも早く答えが出たようだ。
ずっと黙っていたお母さんが口を開く。
「分かったわ。もう私が奏葉のことに干渉するのは高校卒業までにする」
「ほんとに?」
「そうしたいんでしょ。…けど、それが奏葉の望みならもう私達にも干渉しないで」
「…え?」
お母さんの目は冷たくて、どこを見ているのか分からない。
私のことはもう視界に入っていないようだった。
その目を見て、私は全てを理解した。
理解した途端、目頭が熱くなって必死に涙をこらえる。
「…分かった」
「分かったってあなたね、たかが大学生が一人で生きられるわけないでしょ。まだ親の手が必要に決まってる」
「それでもいい。それで、私は自由になれるんでしょ?」
お母さんは私が引き下がると思っていたのか、少し驚いた顔をした。
前までの私はそうだったかもしれない。
けれどもう今は苦しんでお母さんからの愛情を得るよりも、自分のことを解放してあげたいと思うようになった。