「大丈夫、大丈夫。その調子でゆっくり息吸って、吐いて」

顔を見なくても、声で分かってしまった。
すぐそばに山宮くんがいてくれている。そのことが分かった途端、息が上手くできるようになった。
だんだん霞んでいた視界もクリアになっていき、自分がベンチから地面に座り込んでいたことに気がつく。

「ごめ…ん。もう大丈夫だから」

「そう?」

山宮くんはパニック状態になった時、同じく過呼吸の発作を起こすと言っていた。
頻繁に発作を起こしていた時期を経験している山宮くんは、迅速な対応で私の呼吸を促してくれたのだろう。
少し目眩が残るまま、私はとりあえずベンチに座り直す。
山宮くんは私に「ちょっと待ってて」と言い残し、しばらくしてから五百ミリリットルの水を買って戻ってきた。

「ありがとう…あ、お金」

「いいよ」

「…ごめん」

山宮くんの優しさに甘えて私はペットボトルを受け取った。
口に水を含むと何だか頭が少し軽くなったような気がする。

「ちゃんと水は飲まないと」

勢いよく水を飲む私のことを見て、山宮くんはそう言って笑う。
そして水を飲み終わった私の横顔を優しい瞳で見つめて、言った。

「大丈夫だよ」

そのたった数文字の言葉になぜか涙が溢れて止まらなくなった。
山宮くんは何も聞かなかった。
私がなぜ過呼吸を起こすまで追い詰められていたのか。なぜ泣いているのか。
気になることはあるはずなのに。
それなのに彼は何も聞かずに私に大丈夫だよ、と声をかけてくれた。
その言葉は優しくて、不安を全てを包み込んでくれるような温かさがあった。
ただ隣で傍にいて、世那かを撫でてくれた。
そのことが嬉しくて、ずっと涙が止まらない。情けない嗚咽まで零れている。
奥の方で昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
それでも山宮くんは何も言わなかった。