『さぁ、時間になりました。フィナーレのバルーンリリースを行います!』
どこかから聞こえるアナウンスの声。
どうやらもうカウントダウンが始まるようだ。
「じゃあ白石さん、この景色見るのも初めて?」
「うん」
「そっか。…きっと今回もめちゃくちゃ綺麗だよ。しかも今日なんか綺麗な秋晴れだから、余計に」
そんな景色を私は今から山宮くんと見ることができるのか。
こんな幸せをもらっていいのかとまで思っていると、とうとうカウントダウンが始まった。
『十、九、八、七…』
「六、五、四…」
私達もみんなのカウントダウンの声に乗せて、数を数える。
『三、二、一、せーの!』
その声と同時に風船が生徒の手から離れ、歓声があがる。
風船は下からふわりと浮き上がり、あっという間に私達を通り越した。
「わぁ…」
夕焼け色の空に広がった、カラフルな風船。
いたるところから聞こえる感嘆の声。
地面より少し高い所から見ると、風船が綺麗な空に向かって吸い込まれているようにも見える。
そんな空は物凄く広くて、大きくて、どう頑張っても手が届かない。
そんなところに吸い込まれていく風船は少し羨ましかった。
「綺麗だね」
「…うん」
隣の山宮くんも同じ空を同じ気持ちで見ていた。
そのことがどうしようもなく嬉しくて、涙が出そうになる。
「去年、この景色をここから一人で見たんだ」
「えっ?」
「久しぶりにパニックの発作が出て、文化祭の途中で人混みからとにかく抜け出したくてここにたどり着いたんだよね。けど、ここめちゃくちゃ穴場じゃない?」
笑って話しているけれど恐らく物凄く辛かったであろう山宮くんの姿を想像してしまい、苦しくなった。
私が隣にいたら、何かできただろうか。
いや、きっと何もできない。山宮くんの恐怖や苦しみや虚しさを取り除くことなんて誰にも出来やしない。
「その日からたまにここに来るようになった。ここの窓を開けて大きく息を吸うと、やっとちゃんと呼吸ができる気がするんだ」
そう言って笑う山宮くんは、強かった。
堪えていた涙が少し溢れてしまって、山宮くんにバレないよう拭う。
きっと何度もくじけそうになったはずなのに。苦しくて諦めてしまいたくなったはずなのに。
それなのに山宮くんは今私の隣にいてくれている。
そのこと自体が奇跡なんじゃないかと思う。
だから私は言った。
好きだとか、特別なんだとか、そんなことじゃない。
ただ今伝えたいのは。
「あの時、負けないでくれてありがとう」