その日の放課後も私はすぐに図書館に向かう。
いつも通り窓際の席まで向かうと、今日はあいにくもう既に人が座ってしまっていた。
しかしその人の顔を見て、私は自分の目を疑う。
私がいつも座っていた席にいたのは、山宮くんだった。
山宮くんは小さな文庫本を手に取っており、隣の机には同じような小説がたくさん積みあがっていた。
普段教室で見ている、明るくて眩しくて、少し騒がしい山宮くんはそこにはいない。別人のような雰囲気を纏っている。
図書館なんて無縁なのだと勝手に決めつけていた山宮くんがこの場所を知っていたことに驚きすぎてしばらく見つめていると、目が合ってしまった。
慌てて目を逸らすも、この場所は図書館の中でも人通りが少ないと知っている。
どうしよう。どう言い訳しよう。そんなことを考えていると山宮くんの方が先に口を開いた。

「好きなの?本」

「…え」

「似合わないでしょ。俺と本」

そう言って少し困ったように笑った。

「そ、そんなことない。少しびっくりしたけど」

「俺の家まだ小さい妹いてさ。家に帰っても騒がしいし、学校も…まぁあんな感じだし。たまに静かな場所に来たくなるんだよね」

「そうなんだ」

教室で見る山宮くんと何がが違ったのは、表情の作り方だろうか。
私の知っている山宮くんはいつも笑顔で何でも笑い飛ばしてくれるような爽やかさがあった。
けれど今はいい意味でスイッチを切っているような感じだ。
となると、私は今山宮くんの唯一の憩いの場に邪魔をしてしまったかもしれない。
それはまずい。大切な一人の時間をこれ以上奪うわけにはいかない。

「じゃ、邪魔してごめんね。失礼します」

「なんで?白石さんも本、読みに来たんじゃないの」

「いや違…ちが、くはないけど」

「俺は気にしないけど、一人がいいなら移動しようか?」

「そ、そんな。申し訳ないし」

「じゃあいいじゃん」

私は数秒考え、その後山宮くん二つ隣の椅子に座った。
とは言ってもここのスペースは自習室の机ような配置ではなく、ソファーと低い机がランダムに置かれているだけなので、どうしても山宮くんの存在は目に入ってしまう。
やはりあの時帰った方がよかったかもしれないと座った瞬間に思ったが、今更立ち上がれもしない。
山宮くんの方をチラッと見ると、何もなかったかのように読書を再開していた。
気にしすぎているのは私だけらしい。
けれどこの状況で気にしない山宮くんの方が変わっていると思う。
友達もいない私は人と同じ空間にいるだけで息が詰まってしまうというのに。
そんなことをぐるぐると考えていると、山宮くんが新しい本に手を伸ばしたのが見えた。
小説のタイトルが見えたと同時に思わず声が出た。

「え」

「ん?」

「あ…いや、その本、私も好きで」

「え、まじ?結構古いやつだけど」

「うん。その人の本全部持ってるくらい、好き」

「えぇ?すげぇ。俺最近好きになったからこれもこれから読むところで」

「それ、特におすすめだよ」

キラキラと目を輝かせながら私を見つめる山宮くんが何だか可愛くて、笑いが零れた。
思いがけず始まった会話が思いのほか跳ねて、私の心も踊っているのが分かる。
あの山宮くんと私に、共通して好きなものがあるだなんて。

「じゃあもっと教えてよ。白石さんのおすすめ」

「…良かったら、本貸そうか?」

「え、いいの?」

「そんな、全然いいよ。私なんかでよければ」

「よっしゃ」

太陽のように明るくて、いつも存在感がある。
それなのに気を抜くと曇りのない綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。
二度目に話した山宮くんはそんな人だった。