優等生アデュー



でもそれが見慣れた背中だということに、すぐ気がついた。

「離せよ」

「は?」

「とりあえず離せって」

いつも聞く山宮くんの優しい声じゃない。きっと怒っている。
その声で相手もひるんだのか、私の腕から手が離れたのが分かる。
一瞬の出来事で固まってしまった私の腕に、さっきとは違う優しい手が触れた。

「大丈夫?腕…血出てる」

「え?わ…ほんとだ」

相手の爪か、アクセサリーなのか。何かが食い込んで私の右腕には小さな傷ができ、出血していた。

「奏葉!大丈夫⁈」

「あ、蘭ちゃん…」

「何なのあいつら、山宮が行ってくれてほんと助かった…。え?血出てるじゃん!」

山宮くんを追いかけてきた蘭ちゃん達がやってきて、心が落ち着く。
本当に、山宮くんが来てくれなかったら力づくで連れていかれていたかもしれない。

「白石さんの腕手当してくるからみんな先回ってて」

「おう、分かった…」

「え?そ、そんな大げさだよ」

私がそう言っても全く山宮くんは話を聞いてくれなくて、血が出ていない方の腕を引っ張っていく。
山宮くんはまだきっと怒っている。
私のとろさに怒っているのか、はたまた別のことなのかは分からない。
けれどさっきまでの山宮くんとは打って変わって、何も話してくれない。
そんな山宮くんの様子にひやひやしながらも向かったのは、保健室。

「今日文化祭だから先生いないんじゃないかな…?」

「俺がする。消毒はしといた方がいいから」

山宮くんはそう言って不在という紙が貼られた保健室を勢いよく開ける。
保健室のソファーに座るよう促され、私は大人しく山宮くんに従うだけ。
山宮くんは救急箱から消毒を取り出して、「しみるよ」と言って処置を始めた。
静かな時間が流れている。遠くでは賑やかな声がしているのが聞こえるけど、今は二人きり。

「怒ってる?」

「なんで」

肯定も否定もしなかった。

「私が…とろいから、ああいう人に捕まっちゃったから」

「違うよ」

「でも山宮くん怒ってる」

「うん。自分に腹が立ってる」

怒りが含まれた声だった。
その声で私はずっと見れていなかった山宮くんの顔を見た。
山宮くんの顔は怒りと悔しさのようなもので滲んでいて、眉間にしわが寄っている。
怒っている山宮くんを見たのは初めてだった。

「ごめん。気づくの遅くなった」

「そんなこと…?」

「そんなことじゃない。そのせいで、怪我させた」

「山宮くんのせいじゃないよ」