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六月。定期試験が終わり、学校中がわくわくした空気に包まれる。

「じゃあ体育祭の種目決めだが――」

担任の声に混じって生徒達がこそこそと話す声が聞こえる。
この時期は普段気にならない周りの声がどうしても聞こえてきて疲れてしまう。
昔から学校行事が苦手だった。
深く仲のいい友達もいなければ運動が得意なわけでもない。
強い太陽の光を浴びながら暑さに耐えるだけの体育祭は一番苦手だ。

「山宮は今年もあれか、リレーか!」

「いやだから去年もだけど俺無理矢理出させられたんだって」

「でも結局は山宮が出てくれたおかげでうちの団優勝できたしな。今年も頼んだっ!」

聞こえてくる周りの声にはもちろん山宮くん達の会話も含まれていた。
どうやら彼は他にも足が速いというスペックまで持ち合わせているらしい。
人間の不平等さをひしひしと感じている時、突然前の席に座っている女の子がくるりとこちらを向いた。

「白石さん、だよね?」

「は、はい」

今日初めて人と話した私の声はあまりに細く、自分でも驚くほど消え入りそうだった。
話しかけてきた女の子の名前は確か、神谷愛梨ちゃん。
入学してから一度もしっかりと彼女の顔を見たことがなかったことに今気が付いた。
よく隣の席の山宮くんと話しているし彼女自身もコミュニケーション能力が高く、誰とでも会話をしているイメージがある。

「もう種目決めた?今実行委員の子にアンケート取ってもらってて」

「あ…私、人数足りなかったところで大丈夫です」

「え~そう?せっかくだから一緒に選ぼうよ」

私はね~と彼女は楽しそうに自分が選んだ種目や今現在どの種目に誰がいるのかを話してくれた。
すごいな、と冷静に思ってしまった。
彼女はきっと自分が人に接する時、拒絶されることなど考えないのだろう。
人と話す度相手の顔色を伺ってしまう私とは全く違う人間だった。
でもそれがうっとおしいくらい眩しくて、嬉しい。

「運動苦手なの?私もだよ!でも運動苦手でも体育祭って楽しめるよ。だってリレーとか応援してるだけで楽しいじゃん」

「たし、かに…」

「じゃあ私と一緒の玉入れにしない?玉入れなんて入んなくても誰にも責められないし~」

彼女はそう言ってけらけらと笑った。
ただ彼女は私に義務的に話しかけてくれただけなのに、全く嫌な顔をせず会話してくれたことが物凄く嬉しい。
だからつられて私も笑ってしまった。
作り笑いじゃない、媚びを売るためじゃない笑顔を作れたのはいつ振りだろう。

「ねぇ白石さん。じゃなくて奏葉!」

「えっ」

何年振りかに同い年の女の子に自分の名前を呼ばれ、思わず肩が震えた。

「なんだ、めちゃくちゃ可愛いじゃん!」

「…えっ?」

「いや、何気に初めて話したけど普通に喋ってくれるし笑ってくれるし。なんか勝手にもっとさっぱりした子なのかと思ってたよ」

「そうかな…?」

「やっぱり話してみないと人間分かんないもんだね!遅くなったけどよろしくね」

彼女はそう言って白くて細い手を伸ばした。私も引き寄せられるように手を伸ばす。

「愛梨、種目決めた?」

「うん!凪咲達は何にしたの?」

教室の反対側から彼女の名前を呼ぶ声が聞こえて、私は触れそうになった手を慌てて引っ込めた。
勘違いをしそうになってしまった。
友達だなんて、作れるわけない。
あと少しのところで触れることのできなかった手が冷たかった。