二人の間に静寂が訪れる。
手が震えそうで、足の上で両手を重ねて強く握った。
少し固まったのち、山宮くんはうん、いいよとあっさり言った。
「えっ?いい、の?」
「うん。別行動の時でしょ?」
「うん。でも、山宮くん他にもう回る人とか決まってなかったの?」
「裕也がいないんだったら決まった人はいないかな。それに変に他のやつらと一緒にいても大人数で疲れるし。白石さんと一緒にいた方が断然話しやすいよ」
初めて聞く山宮くんの本音に聞こえた。
図書館で一緒に過ごすうちに意外とこういう静かな空間の方が好きなのかとは思っていたが、ここまで話してくれるのは初めてだ。
「そっか」
「人が多いのも本当は好きじゃないし、騒がしいのも苦手。教室とかではちょっと頑張ってるだけ。…想像してた俺とは違ったでしょ」
「確かに、最初の頃とは違うよもちろん。でもそういう気持ちもすごく分かるし、どっちの山宮くんでも好きだよ」
思わず零れ出た好き、という言葉。
山宮くんも少し驚いた顔をして、目を逸らされた。
「白石さん、たまにめちゃくちゃ直球になるよね。嬉しいんだけどさ」
「ご、ごめん!でもほんとにそうだから…」
「うん。ありがとう」
山宮くんは少し笑って、また手元のシャーペンを動かし始めた。
「俺さ…あ、ほんとに嫌味とかじゃなくて、自分の周りに人がすごく集まってくるというか。小さい頃からずっと周りが騒がしくて、ずっとそういう環境で生きてきたからいつの間にかそういう空間を避けるようになったんだよね」
「うん」
手元の問題を解きながら山宮くんは少し笑いながら話し始める。
けれどその顔はどこか諦めたような表情で、目が離せなくなった。
「でも誰にも言えないから、そういう空間に疲れた時はいつも図書館にきて本を読んでた。本を読んでいる時だけ俺の周りは静かで、生きやすかった」
初めてこの場所で山宮くんと会った時のことを思い出す。
あの日は確か、体育祭の種目決めがあった日だ。
今思い返すと山宮くんはあまり乗り気ではないリレーに出るよう勧められていたことがあった。
もしかしたらあの日も山宮くんはそうだったのだろうか。
騒がしい日常に疲れて、癒しを求めてここへたどり着いたのだろうか。
誰にも言えず、溜め込んだ不満を消化するために。
その山宮くんの姿を想像すると少し胸が苦しくなった。
「ごめん。なんか変なこと話したね」
「そんなことない」
「…白石さんは優しいね」
そんなの、山宮くんこそだ。
そんな状態でここに来ていたのに私を受け入れてくれて、今では一緒に図書館へ行こうと誘ってくれる。
何より私に新しい世界を見させてくれた一番の存在は山宮くんなのに。
手を動かして感情を誤魔化そうとしているけど、何となく山宮くんの気持ちが伝わってくる。
「なんか時々どうしようもなくイライラする時があって。なんで俺ばっかにまかせるんだよとか、責任押し付けんなとか、色々。でも誰にも言えなくて。だから、今言っちゃったのかも。ごめん」
「そんなの、私でよければいくらでも聞くよ」
本心だった。
きっと山宮くんは心の内を少しでも人に見せようとしてこなかったのだろうから。
それを話したいと思ってくれたのが私なら、私は全力で山宮くんのことを受けとめる。
「ありがとう」
「ううん」
山宮くんはどこから話そうかなと言い、少し考えてからまた顔をあげた。
「中二の夏、パニック障害になったんだ」
そして、誰も知らない彼の本当の部分を、ぽつぽつと話してくれた。