「今日も塾よね」
「うん。行ってきます」
何か言いたげなお母さんの顔を横目に、私は勢いよく玄関のドアを閉めた。
最近はお母さんも私の焦りに気がついているのか、成績が上がらなくてもそこまで何も言ってこない。
それは快適なのだけど、早くこの焦りから解放されたい。
ただ自分で自分を焦らせているだけなのに、ずっと誰かに急かされているような感覚だ。
歴代の受験生はこの感覚を乗り越えて大学に通っているのかと思うと、尊敬する。
受験勉強と同時並行で、もちろん学校の行事にも参加しなければならない。
私達の学校は二週間後に文化祭が迫っていた。
とは言っても私達三年生は受験のこともあるため、準備することはほとんどない。当日も自由参加だ。
みんなとは思い出作りに最後の文化祭を楽しもうという話になったので、私も参加することになっている。
「愛梨と柏木は途中から二人で回りたいみたいだから、その時に奏葉も山宮のこと誘ってみれば?」
文化祭間近のお昼休み。
愛梨ちゃん達三人と教室で一緒にお弁当を食べていると、文化祭の話が出た。
「な、なんで」
「三人で回ってもいいけど、そしたら山宮他の男子と一緒に回っちゃうだろうし。そうなる前に早く声かけといた方がいいんじゃない?」
「確かに!花火大会の時はアシストしたんだから今回は奏葉から誘っちゃいなよ」
私達三年生はクラスの出し物もないので、参加する生徒は基本的に好きな人と好きな時間に回ることができる。
その時間を山宮くんと過ごすなんて、できるんだろうか。
でも私から誘わないと、蘭ちゃんの言う通り山宮くんは他の人と回ることになってしまうだろう。
最近、山宮くんへの気持ちがどんどん増してきているように思う。
一緒にいればいるほどもっと一緒にいたいと思ってしまうし、少しでも話せると嬉しい。
山宮くんの存在が前よりも大きくなって、最初の頃とは違うものになってきているのは確かだ。
「…頑張ってみる」
「お!奏葉が頑張るって!偉いね~!」
「愛梨ちゃんそれ辞めてよ~…」
恐らくこの気持ちは、恋だ。
その気持ちはきっとみんなにも知られている。
けれどこの気持ちを山宮くんに伝えるべきなのかまだ分からない。
私なんかの一方的な気持ちを伝えてしまって、どうなるというのだろう。