「おはよー!あ、はよー!え?今日の練習試合?当たり前だろ勝つ以外ねぇよ!」

教室の後ろから人とすれ違うたびに会話を繰り広げる柏木くんが登校してきた。
教室に入る直前には恐らく柏木くんのことが好きな女の子達に話しかけられていて、軽くボディータッチもされていた。
愛梨ちゃんはやはり顔を歪めていて、見ていて少し苦しくなる。
自分が彼女だと今にも言いたいはずなのに、それもできずに彼氏は他の女の子に触られる始末。
こんな状況、誰もいい気はしないだろう。

「愛梨ちゃん…大丈夫?」

そう声をかけると愛梨ちゃんは我に返ったように先ほどの歪めた顔からいつもの笑顔に戻った。
けれどその笑顔は少し引きつっていて、明らかに大丈夫ではないことが伝わってくる。

「いやー…多分こういうことだよね。今まであの子達あんな柏木にぐいぐい行ってなかったもん。彼女ができた途端。嫌がらせだよ」

「嫌がらせってこういうことなの⁈」

「多分。前も柏木には分からないようにやってたみたいだから」

きっとあの女の子達はどこかにいる柏木くんの彼女に向かってやっているつもりなのだろう。
まるでお前だけの物にはさせないと脅しているかのようだ。

「お!二人とも早いな!」

「おはよう柏木くん」

「はよ!やべ、一限なんだっけ」

「英語だね。夏休みの課題持ってきた?」

「うわ待って提出今日だ!くっそ昨日まで覚えてたのにー!」

柏木くんは席に着いてからも特に今までと変わった様子はなかった。
愛梨ちゃんはどう話したらよいのか分からないのか、ずっと黙ったままだ。
異変に気がついたのか、柏木くんが隣の席の愛梨ちゃんの顔をぐいっと覗き込む。

「…何」

「どうした?体調悪いのか?」

「は?」

「お前がそんな静かなんておかしいだろ。大丈夫か?」

柏木くん、すごい。彼女の異変に気がつくのが早い。
愛梨ちゃんは明らかに顔を赤くして、何でもない!とそっぽを向いてしまった。

「え~…俺なんかしちゃったかな、白石ちゃん」

「いや…はは」

私は何も言えなかったけれど、二人のやりとりに少しきゅんとしてしまった。
柏木くんからも愛梨ちゃんと付き合い始めたという話は聞かなかったので、柏木くんはまだみんなに付き合っていることは伝えないのだろうか。
だとしたらなぜ柏木くんに彼女ができたという情報が広まってきているのだろう。