面倒くさい感情でごちゃごちゃになった私の心を落ち着かせてくれたのは、本の存在だった。
昔から勉強漬けの日々を生きてきた私にも読書という趣味があった。
けれど今どき読書が趣味、と人に打ち明けることはあまりない。
ただでさえ勉強ばかりしている女、というだけでも地味なのに加えて趣味が読書だなんて。
とてもじゃないけれど言えなかった。
家で本を読んでいると勉強をしていない自分を責めそうになってしまうし、かと言って学校で本を開くこともできない。
だから本を読みたくなった時には図書館に籠ることにしている。
うちの高校の一つの魅力でもある大きな図書館では本を読むためだけにたくさんの人が集まってくる。
そんな環境が自分にとってとても心地が良かった。
高校を選ぶときの決め手にもなったこの図書館だけど、つくづく正解だったなと実感する。
校舎の一本裏にある木製の建物。
大きな扉を押すと本で埋め尽くされた壁が一面に見える。
いつも座っている窓際の席を確保し、図書館の中を歩く。
この時間が唯一の癒しだ。

「ただいま」

「おかえり。ご飯できてるよ」

「うん」

図書館で三時間ほど時間を潰してから家に帰る。いつの間にかそれが習慣になっていた。
早く家に帰ってもお母さんとの時間が増えてストレスになるだけだし、なるべく家にはいたくない。
だから毎日塾だの友達との約束だの理由を付けて帰る時間を遅くしている。

「そういえばそろそろ試験の結果出たんじゃない?」

その言葉に毎回心臓が嫌な音を立てる。
いい成績が取れていれば両親から突き放されることなどないはずなのに、毎回この瞬間は息が詰まってしまう。

「…うん。これ、結果。今回も大丈夫だったよ」

そう言って通知表を渡すとお母さんの顔がほっと緩み、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
あぁ、良かった。今回も私はこれを失わずに済んだんだ。

「流石奏葉だねぇ。ほんと、奏葉はお母さんの自慢の娘だよ」

やっぱり私は間違ってない。世間の誰がそれを間違えていると言ったって、今の私はこれを失いたくない。
お母さんの腕の温かみと共に私は心からそう思った。