優等生アデュー



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「奏葉、どこか行くの?」

「言ってた花火大会、今日なの。二十二時までには帰ってくる」

外はまだ眩しい太陽が顔を出していて、日が暮れるまではもう少し時間がかかりそうだった。
いつも夏は太陽が落ちてから行動していた私だけど、今日は今のうちににやることがある。

「塾の課題はやったの?」

「やった。次の模試も絶対成績落とさない。…これが約束でしょ」

リビングに行くと、私が出かけることを察したお母さんがまた勉強の話を持ち出してきたので、今日ばかりは少し言い返してみた。
するとその様子の私に驚いたのか、お母さんはバツが悪そうに手元のスマホに目線を落とし、はいはいと呆れたように言った。
勝った。そう思った。
今日はどれだけお母さんに引き留められようが絶対に行かないわけにはいかない。
だって今日は、ずっと楽しみにしていた花火大会の日。
この日のために塾の夏期講習だってちゃんと行って、お母さんに何の文句も言われないような生活をした。
みんなと会うのも夏休み前の登校日以来で、ずっとそれを胸に頑張ってきたのだ。
今日は十四時に愛梨ちゃんの家にお邪魔して、浴衣を着てから蘭ちゃん達と合流する約束をしている。
普段より家を軽い足取りで出て、まだ暑い太陽の下に飛び込んだ。
強い日差しが苦手でいつもはつい日陰を選んで歩いてしまうのだが、今日は誰もいない道路の真ん中を歩きたくなった。
光がが肌を突き刺すように降り注いでいるけれど、いつもより息がしやすい。不思議だ。
愛梨ちゃんの家までは電車で二十分ほど。駅からすぐのマンションに住んでいると言っていた。
いつも学校に行く時に乗るのと同じ電車に乗る。
休日の昼間だったので、珍しく座席が空いていた。
電車の端の席に座ったが、ずっと心がそわそわして落ち着かない。
この間愛梨ちゃんと話したことが頭をよぎる。
ここ最近は勉強に集中するために山宮くんのことを考えないようにしていたのだが、今日やっと会えると思うと急に緊張してきてしまった。
スマホを開いて普段見ないSNSなんかを見たりしてみたが、そこに見たいものなんてなくて、意味もなくずっとスクロールを繰り返すだけだった。
気が付くと愛梨ちゃんの家の最寄り駅まであと一駅となっており、私は慌ててスマホを鞄の中にしまった。