「今回の期末試験も、学年のトップは白石がとってくれた」

その言葉を聞いた途端太ももの上で握りしめていた手の力が抜け、やっと楽に呼吸できるようになった。
いつからか固く握りしめていた手のひらには大量の手汗が噴き出している。
最初に吸い込むことができた空気がやっと脳に届いた頃、クラス中の視線が自分に向いていることに気が付いた。

「あ、いや、はは」

しかし刺さるような視線に耐えられず口からは乾いた笑いしか出てこなかった。
正直今はついさっきまでの緊張でコメントどころではないのだ。
入学して以来ずっと学年トップの成績を保ち続けている私だが、今回は初めてダメかもしれないと覚悟した。
比較的体は強い方なのにも関わらず、よりにもよって試験一週間前のタイミングで厄介な風邪を引いたのだ。
そのせいで勉強計画は駄々倒れ。久しぶりに焦るという体験をする羽目になってしまった。
制服のズボンで手汗をぐいぐいと拭き、担任が立つ教壇に向かう。

「いやー本当に白石はうちのクラスの誇りだ!次の試験もみんなの手本となる優等生として頑張ってくれ」

「ありがとうございます」

私が担任から大袈裟なくらいの誉め言葉と解答用紙を受け取ると、教室からはまばらな拍手が起こった。
自分の承認欲求を勉強で満たすようになってからというもの、中々同級生との距離感が掴めなくなっている。
大人と話している時は受け身で、低姿勢で、愛嬌を持って接していれば大抵のことは上手くいった。
しかし学生時代の人間関係というものは更に複雑で、そのテクニックは通用しないようだ。
そのせいで私は友達と呼べる友達はいない。けれどそれでいい。誘惑に負けて成績が落ちることの方がよっぽど怖い。
私には勉強だけあればそれでいい。本気でそう思っていた。
私が自分の席に戻ると、他の生徒達も順番に名前が呼ばれていく。

「山宮、お前なぁ」

「これ俺また補習?行かなきゃだめ?」

「だめに決まってるだろ。うちのクラスで補習の生徒なんかお前だけだ」

「え~、やだ!」

「あ、ちょ、山宮まだ話終わってないぞ!」

明るいけれど、低くてどこか冷たい声。
その声が聞こえた途端、私は自然と俯いていた頭をあげてしまった。
その男の子は担任から逃げるように解答用紙を奪い、斜め前の席まで戻ってくる。
手に持っていた数枚の解答用紙はあっという間に彼の手によって握りつぶされ、机の奥底に入れられたのが見えた。
気だるそうに頬杖をついて目を閉じている姿が様になっていて思わず見つめてしまった。
しばらく見つめているとその子と目が合いそうになって、私は慌てて顔を下げる。

「睦月また補習かよ~放課後遊べねぇじゃん」

「みんなで行ってこいよ。俺後から合流するし」

「いやお前いないなら今日はなしだろ、な?」

声の主である男の子を一言で表すとしたら、「クラスの中心」「学校一の人気者」というところだろうか。
容姿に恵まれていて、明るくて、話が上手で、自然とみんな彼の方に集まってしまう。
もちろんそんな男の子と私なんかは縁もゆかりもない。
けれど、私はある場所で彼と一度だけ話したことがある。