「自習になったのはありがたいけど、こっから普通に六限まであるの絶望。もう帰りたい」

「どうせ先生達もやる気出ないだろうし、帰っちゃだめですかー?」

「そりゃこっちだって体育祭気分なんだからやる気なんて出るか!みんな頑張ってるんだからお前も頑張れ柏木」

「ちぇー」

自習になっても尚、愚痴が絶えないクラスメイト達。
無理もないよなと思っていた時、斜め前で少し前かがみになって不自然な呼吸を繰り返す山宮くんが目に入った。

「山宮くん…?」

「奏葉どうした?」

「いや、山宮くんがちょっと…」

思わず山宮くんの名前を呼ぶも、返事がない。状況的には返事すらままならないといった感じだった。
斜め後ろの私でも分かる、引きつった呼吸。わずかに手も震えているような気がする。

「え、山宮?ちょっと、大丈夫?」

「…大丈夫。ちょっと抜けるわ」

「いいけど一人で大丈夫なの?」

「平気。先生によろしく」

愛梨ちゃんに肩を叩かれると我を取り戻したかのように、少しずつ山宮くんの状態は良くなっていった。
けれどすぐに教室を出て行ってしまって、更に不安が募る。

「山宮くん、大丈夫かな?」

「なんか二年の時にも一回あったんだよね、ああいう事」

「え?」

「あの時は…集会の時だっけ。さっきみたいになっちゃって」

前にも一度あったという言葉に何かが引っかかる。
けれど愛梨ちゃんはそれほど気にはしていないようで、すぐに前の席の女の子と何でもないように話し始めた。
私はどうしても気になってしまってその後の時間はずっと不安と心配で頭が埋め尽くされてしまった。
山宮くんに何かあったらどうしよう。もしも重い病気だったりしたら。
勝手に最悪の状態をイメージしてしまって苦しくなった。
しかしそんな私の心配をよそに山宮くんは十分ほどで教室に戻ってきた。

「山宮大丈夫?」

「もう全然。一瞬頭痛やばかったけど、薬効いてきて」

「あーあるよね!しかも今日低気圧だし」

「多分それかも」

山宮くんは愛梨ちゃんとそんな会話をして、何もなかったかのように席に座った。
それでも私は山宮くんの言っていることが本当なのか信じきれなくて、思わず彼の腕を掴んだ。
腕を掴まれた山宮くんが不思議そうに私を見る。

「…どうした?」

「ほんとに、大丈夫?」

私がそう聞くと、山宮くんは一瞬驚いた顔をした。けれどすぐにいつもの優しい笑顔に戻って大丈夫だよ、と言う。
愛梨ちゃんにも心配しすぎだよ、なんて言われてしまって私の過剰な心配は余計なお世話だったのだと分かった。
山宮くんに何もないのならいいんだ。
山宮くんがずっとキラキラしてて、元気に笑っていてくれたら。私はそれを少し遠くから見つめたい。
きっと私は、山宮くんに幸せでいてほしいのだと思う。