「ごめん…うち、親がちょっと厳しくて。もう帰らなきゃ。ごめんね」
「いや俺は全然いいんだけど、白石さん」
これ以上山宮くんの前にいては駄目だ。
自分が駄目になる。戻れなくなる。逃げたくなる。
「本、持って帰っちゃっていいから。あ、でも私が貸してもらったのは返すね」
「白石さん!」
とても強い力で右腕を引き留められた。そしてその勢いの反動で私は山宮くんの腕の中に収まる。
すごく近くに山宮くんがいることに気が付いてすぐに山宮くんから離れたけど、右腕を離してくれない。
「…ごめん。でも」
「せっかく約束してくれたのにごめんなさい。でももう本当に帰らなきゃいけなくて」
きっともう顔もぐちゃぐちゃで、上手く話せていない。
そう分かっているから山宮くんと目が合わせられなくて、ずっと俯いていた。
そんな私を見た山宮くんはやっと私の右腕から手を離し、言った。
「じゃあ、また一週間後、ここで会える?」
二度目の約束だ。嬉しい。そんなことを壊れた頭でぼんやりと思った。
「俺、その日までにこの本読んでくる。だから、感想聞いてほしい」
「…うん」
振り返ることはできなかったけど、頷いてから図書館を後にした。
外は既に少し日が暮れていて、強い風が吹いている。
頬に流れた涙が風であっという間に乾いてしまった。
家に帰るまでに心を静めたくて、リュックの中からスマホとイヤホンを出し、よく聞くドラマのサウンドトラックを流した。
いつもより早い時間の電車にに乗れたので車内は混んでいなかったけれど、そんなのちっとも嬉しくない。
こんなにも名残惜しい気持ちを抱いたまま帰ることになるなんて思わなかった。
けれどまた少し先の約束ができた。
山宮くんとの約束を守るために、私のやるべきことをやろうと思える。
「ただいま」
深呼吸してから玄関のドアを開けた。
お母さんを最高潮に怒らせてしまった時、玄関のドアを開けた瞬間リビングに引きずりこまれることがあるのだが、今日は大丈夫なようだ。
「おかえり。部屋に紅茶用意したからすぐに始めなさい」
「…うん」
私はお母さんに言われた通り、手を洗ってすぐに自分の部屋に向かった。
自分の部屋のドアを開いて最初に目に入るのは、私の背丈よりも高い本棚に詰められたたくさんの本たち。
昔から少しずつ集めた私の宝物だ。
しかし今は宝物に触れることはできない。
「用意できたの?」
「うん。もう始めるところだよ」
「もう高校生なんだからこうやって私が見ていないでも勉強くらいできるようになってよね。夜ご飯も作らなくちゃいけないのに…」
毎回お母さんが勝手に私の部屋で見張っているだけでしょ、と叫びたくなった。
手に力を入れ過ぎたせいか手のひらに爪が刺さっているのが分かる。痛い。辞めたい。けれど辞められない。
私の人生なんかこんなことの繰り返しだ。
親に支配された、自由のない人生。
けれどこの状況を諦めて、甘えて、逃げ出す勇気のない自分がいる。
この人生は、いったい誰のものなんだろう。