それぞれ借りた本を読み始めてから一時間も経たない頃、山宮くんが思い出したように口を開いた。

「そういえば今日、神谷と一緒に学校来てたよね」

本をめくっていた手が止まり、思わず山宮くんを見つめた。
確かに遅刻ギリギリになってしまい、しかも今まで何の関わりもなかったクラスの人気者の愛梨ちゃんと地味で存在感のない私が一緒に教室に入ってきたものだから、それなりに注目をあびてしまったような気もする。
けれどそれを山宮くんにまで見られていたとは思わなかった。

「そ、そうだね」

「神谷のことだからガンガン話しかけてきて、断れなかったんじゃない?」

「勢いよく話すけど、かみ…愛梨ちゃんはいい子だよね」

「そっか。ならいいんだけど」

山宮くんは本から目線を逸らさずにそう言った。
なぜ愛梨ちゃんとのことを聞かれたのか分からなかったけど、むやみやたらに掘り下げることはできず、私も本に目線を戻した。
あの日以来、山宮くんと教室では一度も話したことはない。
だから今日ここで話すのも、山宮くん自体と話すのもまだ慣れない。
今日も図書館の中は静かで、落ち着いている。
今までと違うことは、そこに山宮くんがいるということだけ。
普段より早めに動く心臓が気になっていると、私のスマホが震えた。お母さんからのメッセージだった。

『まだ昨日の分残ってるんだから今日は早く帰ってきてね』

途端に気分が下がる。
そのメッセージを読んで、ため息をつきたくなる気持ちを抑えるのに必死だった。
今帰っても待っているのはお母さんに見張られながら何時間も自分の部屋で勉強をするということだけ。
けれどお母さんの連絡を無視して、後で地獄を見るのは分かりきっている。
勉強することが嫌なんじゃない。
お母さんに長時間見張られながら勉強することがどうも窮屈で、辛い。
お母さんの言うことに従うのか、無視をするのか。
そんな究極の選択で気持ちがぐらぐらと揺らぐ。頭がおかしくなりそうだ。
あぁ、こんなことならもうどこかに逃げてしまいたい。
何にも縛られることのない、自由な世界。
そんな非現実的なことばかり考えてしまい、自分で自分が馬鹿みたいだと思った。
私が自由になれる場所なんてあるわけないのに。

「どうした?」

「え?」

「いや…なんか、泣きそうな顔してるから」

山宮くんに言われて初めて、視界が歪んでいることに気が付いた。
あ、やばい。と思い、溢れる寸前だった目を手のひらで拭った。

「あ、はは…ふ、ごめんなさい。ほんと、なんもないんだけど。なんか。」

口角が上手くあがらない。泣いちゃだめだと思えば思うほどなぜか嗚咽が止まらなくなる。
最悪すぎる。こんなの、すごく弱い人間みたいだ。