――――スイが妖魔帝国に向けて旅をしているその頃。

「本っ当に腹が立つ……!」
月亮城の一室では。皇弟であり、維竜皇に次ぐ猛将と恐れられる陸碧燕《ルービーイェン》が怒りで震えていた。

「耐えなさい、陸《ルー》。維竜陛下が耐えているのです。鄭央《ヂョンヤン》のことは……」
怒る陸碧燕に対して、月亮の宰相・宵天《シャオティエン》が冷静に諭す。

「そうではない!央は……央のことは、アイツは政争には向かない。田畑で鍬を持つ方が、割に合っているだろう。だがその血筋が、平穏な暮らしを許さなかった……!だからこそ、月亮の田舎ならば、あやつもあやつらしく生きられる」
央……鄭央は、維竜皇や陸の腹違いの弟だ。皇族の腹違いともなれば、ドロドロとした何かがありそうだが、維竜に付いてきた弟たちは、何かしら維竜に恩がある。だからこそ、その繋がりは切っても切れないものであった。

「まぁ、確かに。あの方は剣を持つには優しすぎる。かといって文官になろうとも、文官同士の腹の探り合いにも向かない。争いにはつくづく向かない方でしょうね。ならばあのバカ息子も、バカなりに親孝行をしたと言うことですか」

「ふん……っ。あのバカのことはもういい。どうせ左遷の原因になったことを、母方の親戚一同に睨まれながら、スイ公主を裏切ったこと、後悔し続ければいい」

「そうですね。ですがそれなら……あなたは何をそんなに怒り狂っているのですか」

「何を……だと!?俺が許せないのは、あの陽亮の公主だ……!」
「それはみな許せまい。スイ公主は我々国民の愛する公主ですから。スイ公主を傷付けたことはみな怨みましょう。今後は陽亮への支援も考えねばなりません。国民も……国を預かる我々も許せません」

「確かにそれもそうだが……それだけじゃない……!陽亮にあの公主を陽亮からの遣いに引き渡した時……やはり少しは逸《イー》に対して名残惜しむかと思えば、あの女は常に笑っていた……!」

「……駱崗《ルォガン》も同じようなことを言ってましたね」
駱崗もまた、陸たちの異母兄弟であり、普段は表に姿や名を出さないが、しかしそれも彼の付いている任務ゆえである。

「そうだ……!そして俺は聞いたぞ……!あの女……『鄭逸はどうせ捨て駒、死ななかったのは計算外だけど、側で纏わり付かれるよりはましね』と言ったんだ……!」

「その件については、駱が引き続き調査を担います」
「だが俺は納得できない……!逸も逸だがそれでも……!逸を誘惑して手篭めにしたのはあの女だ!そのせいで……央は」
「鄭央は最後は笑っていましたよ。その方が割に合っている、バカ息子がスイ公主と婚姻する前に田舎に引き籠れて良かったと」

「……っ」

「鄭央が受け入れているのです。耐えなさい」

「分かった……っ」
陸碧燕はギリリと奥歯を噛み締めながら、拳をキツく握りしめた。