――――沈黙である。
出発した馬車の中では、私とのフルフェイスお面の男が向かい合っている。
範葉《ファンイェ》と地角《ディージャオ》は外で馬に乗り護衛、馬車の御者はマオピーが務めてくれている。
そんな中、私だけこの奇妙な……でもかわいい男と2人きり。まぁ、正体は分かっているのだけど。
「国に帰ったら……嫁の墓、作るかな」
私まだ死んでませんけど――――っ!?それとも国に入ったらさっくりいく気!?それはちょっと困るのだけど……まぁ、彼の言う嫁とは、彼自身が破壊した棒人形の成れの果てのことなのだが。
――――しかし、やはり語弊を感じるから、その表現はやめてくれないかしらね……?
「その……お人形さん……?が、好きなら……私作りましょうか?」
「……っ」
お面の彼が、じっと私を見る。フルフェイスお面の目元の穴から、紅玉のような赤い瞳が見え、じっと私を見つめてくる。
――――何か、かわいい小動物みたいよね。後ろからもたいそうな竜みたいなしっぽが伸びているけれど。しかしあの瞳……昔どこかで見たような……どこだったかしら。
「材料さえ手に入れば、作れるから」
これでも前世では裁縫が得意だったのよ。
「……なら……」
フルフェイスの中にぐぐもっているけれど、優しい声だわ。もしかしたら……噂のような恐ろしいひとではないのかもしれない。
「紫の髪、紫のツリ目のかわいらしい顔に、色白の肌で、私の色の服を着て欲しい」
あの……服の色はさすがに今日は、あなたの色に合わせてはいないのだけど……。
それ、今あなたの目の前にいる、私よね!?本人の前で堂々と言うってあなた……!しかもかわいいだなんて……そんなこと言われなれていないのよ……っ!
それをあなたは……堂々と……。うぅ……何だか私もそのフルフェイスお面を被りたくなってきたわよ……っ。
「それじゃぁ、布と、綿と糸……あと裁縫道具を用意してもらえると助かるわ」
「……うむ……っ」
フルフェイスごしなのに、嬉しいってのが伝わってくるわね。
「あと……あなた、何て呼べばいいのかしら」
いや……分かってはいるのだけど、分かっているからこそ、失礼があってはいけないと思うのよ。一応国の公主として嫁ぐのだし。
「妖魔て……いや、飛雲《フェイユン》だ」
いーやいやいや、待てぃっ!今、確実に妖魔帝って言いかけたし!そこに飛雲が続いたらモロよ……!
「ふぇ……飛雲さま」
「さまは要らぬ」
「ふぇ……飛雲?」
そう呼んだら不敬で埋められたりしないわよね……?せめて骨は妖魔帝国に埋めないで、祖国に返してよ……!?
「わ、私は……」
「嫁だ……!」
そうだけど、それは名前じゃ……。――――と言うか、もうぶっちゃけたわよ、この天然妖魔帝!もう私を嫁と呼ぶと言うことは……つまり自分が妖魔帝だって言ってるものなのよ……?
それとも……私は隠してるものかと思ったけど……本人は隠しているつもりがないのかしらね……?
「絲怡《スーイー》よ。スイでいいわ。お父さまはそう呼ぶから」
周りも私のことをそう呼ぶことが多いわ。普通愛称や下の名前だけと言えば親しき間柄だけなのだが、この月亮の国の民は、公主である私に親しみを込めて、スイ公主と呼んでくれる。
この国の民の血税で育てられた私としては、この国の民も、家族の一員だと思っているのよ。まぁ、皇族と貴族、庶民の区別はあるけれどね。
だから、あなたももし良ければ……と、思ったのだが。
「……嫁の、父親も……じぇらっ」
どこにじぇらついてんのよ!相変わらずかわいいが止まらないわね……!?このひとは……!
「いいじゃないの、お父さまくらい」
それに一応月亮皇なのだけど……?
じぇらついていいのか、妖魔帝として、そこ!
それにスイ呼びは国民の間ではポピュラーよ!
「ええど……もしあなたが、スイと呼ぶのが嫌なら……普通に絲怡で……」
「スイ」
「……っ」
いきなりそんな、まっすぐに呼ばれたら、ドキッとするじゃない……!
「スイが良い」
「あなたが……いいのなら」
ほんと……かわいいと思ったら、いきなりそんな不意打ちをかけてくるとか……ずるいわよ。