「何かあれば、すぐに相談なさってくださいね」
「葉も、しっかりとスイさまを守るように」

「はい、ありがとうございます」
「もちろんです、陸叔父上」
宵宰相と陸叔父さまの言葉に、範葉とそれぞれ答えて、私たちは遣いの元へと脚を向ける。

遣いの元へと再び足を進めようとすれば、ふと視線に気が付く。
月亮皇国城の、屋根の上。あんなところに立つのは桃叔父さまくらいね。

目の紋様のある特徴的な布面を顔の前に掛け、頭の左右から伸びる、象の牙のような角。そしてお父さまとよく似た深い紫色の髪。

「見送りですか……」
範葉が淡々としているのは、武官としての任務中だからか。それでも桃叔父さまが見送りに来てくれるのは何だか嬉しそうね。
しかし……桃叔父さまも妖魔族なのに……何故こちらで見送りではないのだろう?別に妖魔族の遣いと顔を合わせても問題ないわよね?

――――なのに、変なの。

お父さまたちが見送ってくれる中、私は範葉と共に迎えと合流した。

遣いの青年は一瞬桃叔父さまがいた方向を見ていた気がするが、すぐに私たちに視線を戻す。

「お迎えに上がりました。月絲怡《ユエスーイー》公主。地角《ディージャオ》と申します」
「よろしくお願いいたしますね、地角」
地角は頭の左右からぐるりと曲がった角が生えているものの、金色の髪をひとつに結って肩に垂らし、髪と同じ色の瞳を持つヒト型の妖魔族である。それから……その両手の指にはびっしりと指輪が嵌められている。もしかしてチャラい……いやいや、あれはもしかしたら、魔封じの鎖かも。強すぎる力を持つ妖魔族は、時に装飾具や面で能力を抑えると聞いたことがある。この男は相当強い妖魔族と言うことだろうか。

「では中へ。同乗者もおりますが……お構いなく」
え……?普通公主を迎えに来たのなら、公主と、ほかにいるとしても供の侍女では……。
しかし供の侍女を妖魔帝国側が用意してくれたとして……『同乗者』と言う言い方が気になるのだが。

そして地角が馬車の扉を開ければ……いた……!

「嫁、初めまして……っ、わ、私は……『まぁ、あなたが私の夫の飛雲ですね』そ……そうだ……っ、嫁……っ!」
え……?ひとりお人形さんごっこ……!?
馬車の中の座席では、頭をすっぽり覆うフルフェイスお面を被り、棒状の何かを持ちながら、ひとりお人形さんごっこに興じる……男がいた。
布面を顔に掛けた妖魔族はよーく知ってるけど、フルフェイスは……初めてね。

しかもあのお面の模様……前世で言う饕餮《タオティエ》紋と言うやつでは……?タオティエとは、読んで字の如く、饕餮《とうてつ》のことだ。

しかもフルフェイスお面の上からは、明らかに人間ではない立派な角が伸びている上に……後ろからもしっぽが生えている。妖魔族であることに代わりはないのだけど……このひと。いや、この方さっき『飛雲』と言わなかったか。

「あの……」
「は……っ」
フルフェイスお面のその妖魔族の男は、相当ひとりお人形さん遊びに夢中だったのだが、私の声に驚いたように肩をびくんと震わせ、そして固まった。

「リアル……嫁――――っ!?」
ひぃっ!?いきなりびっくりしたぁっ!!?

てか、叫んだ拍子に拳に力を入れたもんだから、あなたの棒人形……もとい嫁人形がぐわしゃりと破壊されたけど――――っ!!?

「あ……嫁……」
そしてそのことに気が付いた男が、悲しそうに掌を開き、棒人形の残骸を見やる。

「あのー、そろそろ出発しますので」
地角は地角で鬼か!?これ、確実にアンタの上司……いや、主君では!?さすがに馬車の中に乗せて来たのだから知ってるわよね……っ!?

「これで出発するので?」
ほら、範葉は範葉でめっちゃ訝しげな視線を送ってるわよ!?

「……嫁……」
うわぁーっ!この男はこの男で悲愴感マックスなんだけど……!私、この中に乗れと!?

「仕方ないなぁ……マオピー、こっち来て」
地角が誰かを呼んだ……?てか、マオピー!?マオピーって何!何かかわいいのだけど!

そしてとことことこちらに来たのは……もっ、もっふもふううぅっ!それはまさに、真っ白なもこもこ毛皮《マオピー》!しかし私には……着ぐるみを着たプラチナブロンドに黒い瞳のイケメンにしか見えないのだけど!?何あれ!あれも妖魔族なの!?そう言う妖魔族なの!?

「主君」
そしてマオピーがどんよりと沈む男に手を差し伸べれば。

もふり……

もふもふ……

「もふっ」
お面を被っていると言うのに、男が嬉しそうにしているのが分かった。てか……もふもふで癒されるとか。お面ごしでもぽわぽわ気分伝わってくるとか……!しかもひとりお人形さん遊びしてたし……!

――――一番かわいいのは、恐ろしい顔をしていると噂の……妖魔帝飛雲ではなかろうかと、ふと、私は思ったのだった。