恐ろしいと噂の妖魔帝がこんなにピュアでオトメだなんて、聞いてない!


――――さぁて、やって参りました!肉包大食い大会……!

「今回用意しましたのは、月亮皇国監修特製スパイスを練り込んだ肉あんを包んだ肉包です!」
司会の妖魔族の女性が高らかに告げる。
うんうん、うちの祖国もいい仕事してくれたわねぇ。

「そして、今回はプレゼンターとして月亮出身のスイ皇后が来てくださいましたー!」
ほんと、私、皇后なのにフードプレゼンターすっごいしてるわねぇ。いや、美味しいもの食べられるからいいのだけど。

「さて、早速お味の方を……どうぞ!」
司会の女性に促され、さて私もひとくち味見。

「んんっ!もちもちの生地にこのジューシーな肉汁!さらには野菜も練り込まれていて女性にも嬉しいヘルシーさ!さらには食欲を増進させるがごとき、スパイスの組み合わせ!最高に美味しいわ!」
蒸し立てほやほやな庶民の味すら味わえるだなんて……やっぱり食リポ最高ね……!城の中で皇后のための料理ばかり食べていたら、絶対にたどり着けない味だもの!

「さぁて、皇后陛下も大絶賛のこの肉包は大食い大会でも振る舞われます!今回は出場者が軒並み棄権すると言うアクシデントもありましたが、追加で参加者も募集いたしましたので、みなさまどうぞ楽しんで……」
司会の女性がそう告げた瞬間、突如怒号が飛んだ。

「おい、どういうことだ!参加者は皇后を除いて棄権したんだろう!途中参加なんて有り得るのかよ!」
そう告げたのは、大柄な妖魔族の男であった。

「えぇーと……皇后陛下は大食い大会には……」
「いや、さすがに私はそんなには……」
食べられないので。蔡宰相がねじ込んだ参加枠は丁重にお断りした。

「なら、参加者は全員棄権、この俺が優勝だろうが!」
だから、何で独り占めしようとするのよ!それに……全員棄権で優勝したところで、ちっとも嬉しくないと思うのだけど!?

「ふぅん……?サシで戦ったら勝てる自信がないと?」
お、お姐さん……!?攻めるわね!?でもカッコいい女性は結構好きよ!姐《ねえ》さんと呼ばせていただきたいわ!

「何だとこのっ!何様だ!」
男が憤る。

「大会実行委員会さまよ!」
その言葉に、周りから拍手が溢れる。大会実行委員会さまに逆らったら、大会はできまい。大会実行委員会、最強ね。いや……実態は飛が大会実行委員会のお手伝いに張り切って加わっているので、ぶっちゃけ帝国のトップがいるのだから、本当に最強だ。
まぁ、大会実行委員会のみなさんには蔡宰相からの推薦で済ませてるので、彼らは飛が妖魔帝だとは知らないのだが。
大会実行委員会のみなさんといつの間にか仲良くなっていた飛が、大会実行委員会のテントから手を振ってくれたので、私も振り返せば、お面の向こうで喜んでいる飛の顔が容易に想像できるわね。

「そんなわけで、急遽参加してくれたのが~~、このお二人!さすらいの大饕漢・角《ジャオ》と崗《ガン》!」
正体がバレると大変なので、顔の上半分に仮面をした地角と駱叔父さまが登場する。大饕漢と言うのは……大食い戦士のコンビ名みたいなものだ。

「な……何だと……っ!?」
焦る妖魔族の男は仲間と見られる連中に何か指示を出しているようだが……地角と駱叔父さまだし、平気よね……?
それに範葉とマオピーも情報を集めてくれているはずだし。

ともあれ、大食い大会は無事にスタートラインに着く。
専用のステージには、用意された席で肉包を前に並ぶ3人の男たち。

「それでは……制限時間は30分!より多く食べた方が……勝ちですよ~~!よーい、始め!」
司会のお姐さんが告げれば、早速3人が肉包を口に入れていく。
妖魔族の男は最初からペースが早いわね。一方で地角は普通にもぐもぐと食べている。それなのに肉包があっという間になくなるとは……末恐ろしいっ!さらに駱叔父さまはと言えば……地角級に肉包が減っていくのだけど、何あれ!
そして次から次へと追加される肉包!その最中……。

「……っ」
一瞬地角の手が止まる。何かあったの……?そしてその瞬間、妖魔族の男がニヤリと笑んだのを見た。まさか肉包に何か仕込んだの!?

しかし地角は、変わらず肉包に手を伸ばす。駱叔父さまも肉包をぺろりと平らげ、次の皿に手を伸ばす。あのー……2人とも、平然としてるのだけど。

一方で納得いかないたちの男が立ち上がる。

「おい、お前ら何で……っ」

「何か?」
地角が悪どく微笑む。

「俺たちが平然と食べれなくなるように、何か仕組んだのかな?」
「な……何の、ことだか……」

男がしどろもどろになる。

「食べないの?負けちゃうよ」
ニヤリとほくそ笑んだ地角が、次の肉包に手を伸ばす。反対に男は……肉包を口の中に放り込むスピードを鈍くさせる。

「うぐ……っ」
男が苦しげに……肉包を皿へと戻した。

その間も地角と駱叔父さまの手は止まらない。

――――そして、30分。

「さて!ここでタイムアップです!最後に口の中を確認して、皿の枚数を集計しますよ!」
お姐さんな言葉で、大会審査員たちが地角たちの口の中を調べ、そして皿の枚数を計測する。

「優勝は……さすらいの大饕漢……崗《ガン》!!」
なんと……地角を抑えての優勝――――っ!?

「制限時間がなければ負けないんだけどねぇ」
「肉包は飲み物ですから。食べ物と認識した時点で負けは確定しています」
ら、駱叔父さま!?え、飲み物おおぉっ!?衝撃の発言である。

「さすがはスイちゃんの叔父だ。見直した」
「お前もな……!いい戦いだったぜ」
2人の大饕漢は固い握手を交わした。何か思いもよらないところで友情芽生えちゃったけど……私の叔父だから……?いや、だから私は大食いキャラじゃないし、多分皇族の中でもあれだけ食べるのは駱叔父さまくらいよ!?

「くそう……くそう……っ!」
この一方で、男が崩れ落ちる。

その男の前に立ちはだかったのは、もこもこマオピーと範葉を引き連れた饕餮お面の男……飛である。

「調べはついている」
「何……っ」
飛の厳かな声に、男が顔を上げる。

「貴様は孤児院の出身らしいな」
「そうだ……!悪いかよ!」

「それだけが悪いわけではない。しかしお前はやり方を間違えた。お前は肉包を孤児院の子どもたちに食べさせてやりたいと考えた……違うか?」
「それは……その……俺の出身の孤児院は帝都の外れだ……こうした炊き出しがあっても、遠すぎて来ることができない。冬などなおさらだ!」

「だから大食い大会で優勝し、肉包を手に入れ彼らに届けようとしたのだな」
「……っ」
飛の言葉に男が俯く。
どうやら当たっていたようね。

「だが、参加者に薬を盛って腹痛を起こさせて棄権させると言うのはやりすぎだ。それにお前は、角たちの肉まんにも盛るよう、給仕を買収したのではないか?」
「そんな……証拠は……っ」

「すまんが、お前の企みは全て見抜いている。盛らせたのもわざとだ。あの2人は特別に鍛えているから、その手の薬は効かん」
確かに地角ならそれごと食らってしまいそうだし、駱叔父さまは職務がら結構な特殊体質だったはずよ。
昔、桃叔父さまが悪戯で駱叔父さまの賄いに激マズの漢方を混ぜたのに平然と爆食いしてたと嘆いてたもの。……まぁ、その後はお父さまに尻叩かれたけども。

「だが……確かに帝都の端までは、恩恵を与えきれていないのも確かだ。后と慈善事業に赴く際は、最果ての孤児院に、肉包を差し入れるとしようか」
「え……后って……まさか……あなたさまは……っ」

「ただし!」
飛がビシッと告げる。

「お前が今回やったことを、しっかりと反省し、一定期間社会奉仕活動に勤しむこと!それが条件だ!」
「……も、もちろんです……!誠心誠意、勤しみます」
男は、自分でできる限りの拱手を飛に捧げた。

「では……祭典を中断させてしまってすまんな。再開してくれ」

「へぁ……っ、へ、へい……っ」
司会のお姐さん、いきなりの陛下にパニックである。まさかあの饕餮お面が妖魔帝本人だなんて、思いもしなかったのだろう。

――――その後、余った肉包……もちろん薬など入っていない安全なものや、炊き出しのスープが振る舞われた。

そしてその冬から、帝都の端の孤児院でも皇帝夫妻主催の炊き出しが行われるようになったのは……余談である。

――――冬の祭典が終わり、帝国城にて。

「そう言えば駱叔父さまは、こちらにどんな用事だったの?」
お父さまからは、詳しくは聞いていなかったのだ。

「実は、届け物をと」
駱叔父さまが取り出したのは、帯紐……いや、それにしては細いし……最近これに似たものを見たような……。

そうだ……!

「目隠し……?」
「そうですよ。陛下の手元には、これだけまだ残っていましたから」

「でも、それは混沌のためのものじゃなかったかしら」
月亮皇が管理する4つの魔具の中で残る宝貝は、それだけだ。

「そうですよ。いつになっても来ないからと、送り付けて来たんですよ、あの大哥は」
駱叔父さまがはははと笑う。

「でも、どうして駱叔父さまなの……?」
「それが一番手っ取り早いだろうと」
それはどういう……そう思って入れば、部屋の扉の向こうから、あの時の目隠しの男の子がこちらを覗いていた。そしてその後ろからは、蒼爺が眠たげにしながら歩いてくる。

「彼を知っているのかい?」
蒼爺が男の子にそう問い掛ける。

「知ってる。でもぼくじゃない」

「そうですね。私が知っているのは先代です」
つまりは……先代の混沌。

「私の……実の父親ですか」
範葉が呟く。

「えぇ。だからこそ、代変わりしたのなら、まるで甥っ子のように思えてしまうのです。私は間に合わなかったので」
そう語る駱叔父さまは、少し寂しそうだ。

「妖魔帝国も変わった。あなたたちを無理に縛ることはない。来ようと思えばいつだって月亮に来られる」

「……でも……あの月亮皇は……先代のものだ。与えられた名も、先代のものだ。ぼくのものじゃない」
当代の混沌が、生まれ変わっても月亮に来なかったのは……それが理由だったのね。

「ですが陛下がこれを私に託したのなら、来てもいい、と言うことです」

「でも……桃が許さない。桃は先代を大切に思ったが、だが今さら月亮皇を取られれば、嫉妬するだろう」

「ご存知ですか?桃が陛下に拾われたのは、陛下が皇太子だった時ですよ」
「……それは」

「あなたが選ぶのならば、それでいいのです。地角と同じように、選べばいい」
先代の混沌は……恐らくお父さまを選び、そして範葉のお母さまと生きることを選んだのだ。

だから当代も、選べとお父さまは言っている。
そしてその資格を駱叔父さまに持たせた。その言葉をかけるのは、駱叔父さまがいいと思ったのね。
陸叔父さまだとぶっきらぼうだし、子どもには強面すぎるかもしれない。お父さまが自分が行けば……桃叔父さまが嫉妬するわね。
それなら……先代の混沌と、どうやら親しかったらしい駱叔父しまが適任だった。

「そうですねぇ……私も冬は眠くて仕方がない。ですが、子どもはやはり、遊びたいでしょう?月亮は雪合戦やら雪だるまやら、楽しいことがたくさんあるらしいぞ」
蒼爺ったら、いつの間に……?まさかとは思うが、有名じゃないわよね……?飛は知らなかったみたいだし。

「行っても……いいのか?」
「ご一緒しましょう」
駱叔父さまが手を差し伸べれば、混沌は嬉しそうにその手を取った。

そして月亮の宝具を身に付け、駱叔父さまと月亮へと旅立った混沌が、無事に駱叔父さまと月亮にたどり着いたこと、城の庭で桃叔父さまと元気に雪だるまを作ったこと。

そんな日常の嬉しい便りが、異母弟から届いた。

「何だかこれで、一件落着って感じね」
「うむ。みな、会いたいものに出会えたのだな」
「えぇ」
飛と共に、飲茶を楽しみつつも、異母弟からの手紙を読み返す。

「私も、会いたかったスイに、また出会えたのだ」
「……それは……そうね。でも……私も、また会えればいいなと思っていたのよ」
「……スイも……?」

「だって、せっかく出会えたんだもの。友だちになりたいって、思うじゃない?」

「その……友だちに……」
飛が何故か肩を落とす。

「でも今は夫婦になれて、幸せよ」
「スイ……!」

ぱあぁっと顔を輝かせる飛が、やはりかわいらしい。のほほんと構えていれば、不意に唇を塞がれる。

「ちょ……っ、飛!?」
「ふふ、油断したな?」
「も……もうっ」
いつの間にそんな、不意打ちなんて覚えたんだか!ただの天然と侮るべからず……じゃない。でも、そんな日常も堪らなく愛しいのだ。







――――地球で言えば、2/14。情人節だ。
情人節とは、地球で言うバレンタインデーではるが、この日は私の誕生日でもある。

皇后の誕生日と言うことで、宴会が開かれたり、新作スイーツを試食させてもらったりと楽しい日々でもあるのだが。――――そんな折。

「飛……?何してるのかしら」
物陰に、飛の姿を見付けたのだ。そして何か……しゃべってる……?

「スイ、誕生日おめでとう『ありがとう、飛!』」
あぁーっ!!これは、ひとりお人形さん……いや、ぬいごっこ!
私ぬい相手にデモンストレーション!?

「今日はスイに取って置きの贈り物があるのだ」
あら、何かしら。これ……聞いちゃっても構わないかしらね?何かサプライズをしようとしてくれているのでは。

「『何かしら~』」
飛の裏声かわいいわね。

「えと……その……目を閉じて『こう?』……」
そして飛は、私ぬいに顔を近付けた。うん……?

「ちゅっ」

「へぁっ!?」
思わず声を出してしまった。飛ったら、私ぬいに口付け……ってか、サプライズってそれ!?そんなロマンチックなこと計画してたの!?

しかし間抜けな声を出してしまったお陰で、飛に気付かれてしまった。

「見……みみみ、見……っ」
「ごめん……見てしまったわ」
今さら嘘などつけまい。あのかわいい飛の裏声ぬいデモンストレーションの前では。なんか、嘘で汚してはならない何かを感じるのよね。

「……そ……そんな……さ、さぷらいず……」
うぅ……しゅーんとしたところがまるでわんこ!しょんぼりわんこみたいだし!!

「その……目を閉じてみよっかな~~」
あからさまに目を閉じてみるアピールに移行する私。だが、素通りされたらどうしようかしら。それはそれでショックである。

「……」
でも、何となく分かるのよね。飛がとたとたと私に近付いて来たことが。まだ……かしらね……?少し薄目で覗いてみれば、目と鼻の先に飛の顔が……あぁぁっ!

そして……。

ちゅ……っ。

唇に落ちてきた、柔らかい感触。
ゆっくりと瞼を開けばら飛の顔が離れていく。

「さぷらいずだ」
「……う、嬉しいわ……!」
いや、知っちゃったのだけど……でも。飛がそう告げるところがやっぱりかわいいのだ。
それに、ぬいには頬だったのに……本番は口とか。

「スイ、私ぬいを……」

「え……えぇ」
もちろん私もポシェットに入れて連れてきている。
飛ぬいを受け取った飛は、私ぬいに……。

ちゅ……っ。

――――と、ぬい同士キスをさせていた。ちょ……っ、何そのかわいいやりとり!しかも……ぬい同士は唇……。

「スイぬいの唇は……私ぬいのものなのだ」
私ぬいを私に見立ててデモンストレーションしても、そこはしっかりと守る……と言うことか。

「スイぬいもきっと、喜んでるわ」
「うむ……!」
満足げな飛。
そして誕生日プレゼントを無事にもらったので……夜は私から、情人節の巧克力を贈ろうかしら。

――――サプライズでね。

――――ちくちくと、ぬいを仕上げつつも、すぐ側で行われる会議を横目で観察する。

「だが、私ぬいは私の化身なのだ!」
飛が叫ぶ。

「成りません!金は皇帝の色!ぬいは……ぬいでしょう!」
こちらも譲らぬ蔡宰相。

「スイが私と別々で寂しい時、少しでも私を感じたい……そう思うはずだ!」
そりゃぁ、心細いこともあるでしょうよ。
でも……ぬいは金色の衣じゃなくてもいいのでは。

「ですが……皇帝陛下は唯一無二!たとえぬいであろうと金色の衣はなりません!!」
「ふぐぅっ!!」
蔡宰相の叱咤に、押し負けそうな飛。ここは……頑張ってとはなかなか言えまい。

「あ、私の方はできたわ。ほら、桃叔父さま」
今日は月亮から桃叔父さまが遊びに来ていた。一応書状も持ってきてくれて、月亮から妖魔帝国への季節の挨拶も受け取ったのだが。

「おお、俺のぬいー!」
何となく、桃叔父さまぬいを作り初めてしまった。うーん……前世の血が騒いだのよね。何かしら……桃叔父さまのマスコット性。ぬいフォルムが瞬く間にできてしまった。さすがにお父さまのは……本人の許可が必要でしょうけど。それから、布面をつけたとはいえ、その下の素顔は……。一応取れないようにした。国家機密だものね。

しかしぬいを受け取った桃叔父さま。それを一体どうするのかしら。お父さまに渡すとか……?受け取るかしら、最近称号が増えた破壊拷問打屁股魔王お父さま。

「葉~~」
しかし桃叔父さまが向かったのは範葉の元である。そして範葉の胸元にぬいを……すちゃっと入れた~~!

「と、父さん!?何ですか、いきなり……!」

「葉が寂しくないようにな……!」
お、叔父さまったら……!

「私は別に……むしろ父さんは……」

「俺なら大丈夫だぞ!維が肘掛けにしてくれるからな!」
肘掛け生活をエンジョイしている桃叔父さま。相変わらずね。まぁ、暫くすると暴れたくなって泣き言を言い始めるのだが、その風景は月亮城の風物詩である。

「なら……その、いいですよ、受け取ってあげます」
そう告げる範葉の頬は、何だか赤らんでいた。本当は嬉しいのよね……?かわいいなぁ。

「大切にします」
「おう!」
何だかかわいい風景である。
一方で……。

「スイ……今度のぬいコスは、ペアルックになったのだ。そうなるとスイは金色を着られないから、2人におめでたい赤を着せようか!」
飛が嬉しそうに飛んでくる。
「はぁ……はぁ……」
蔡宰相はちょっとバテていたけどね。

しかし……ペアルックを出せたところはさすがというか、なんと言うか。敏腕宰相に感謝である。

なお、飛や私が連れ歩いていることで、かねてより話題となっていたぬい。ペアルックを発表したことで、妖魔帝国ではさらにぬい人気が加速し、それが月亮にも広まったのはまた別の話である。

――――陽亮王国、王都の大神殿。

「……いや、勘弁してください」

「しかし、これは陛下からの……」

陽亮城からの遣いに、その国の神子は辟易していた。

「公主さまは、あなたとの婚姻を切望されております」
「あんな頭のおかしい女となんて冗談じゃない!」
神子はそう言って、大神殿を飛び出した。神官たちが果敢に追い掛けるが、神子が深紅の翼を広げて空に舞い上がれば、空を飛べぬ人間しかいないその国では、彼を止められるものなどいなかった。

※※※

神の遣いはやはり神の遣い。同じように神の使命を受けたものは瞬時に分かるのだ。

「お前は……何だ」

「あら、何も知らないのねぇ。朱雀はお子ちゃまね」

「俺は朱雀って名前じゃ……」
「でも朱雀じゃない」

「それはそうだが……お前こそ何なんだ」
見た目は美しい女性だが、その中に底知れない何かを含んでいる。

「そうね……強いて言えば、翅《チー》と呼ばれているわ」
「は……?」

「翅姐でも何でもいいわよ」
「じゃぁ……その、翅……さん」

「あら、年上の女性に臆病なの?顔はいいのに残念ねぇ」
「悪かったな」

「でもその生意気そうなところはいいわね。美味しそう」
じゅるりと舌なめずりをする翅に、朱雀がびくつくが、翅は涼やかに笑うだけだ。

「それで……?陽亮の神子さまが、どうして月亮にいるのかしら……?あなた神子なのに、先代が月亮で何をやったか知らないの?」

「……聞いてる。先代は四凶のひとつを倒したと言う話だが、その腹いせに陽亮を呪って、草木の生えない、作物の実らない土地にしたと。天候も、そのせいで安定せず、民は貧しくなる一方だとも」
「ふぅん……四凶ねぇ……」
翅は記憶を巡らす。この世界では、彼女たちをそのように言わないのだ。
その言い方をするとしたら……。翅は代々の記憶の中にひとつだけ思い当たるものを見付けた。

「それで、あなたはそれをどう思うの?」

「そうだな……陽亮は、呪われる前は、年がら年中作物が実り、年中を通し天候の安定した恵まれた土地……常春の国だったらしいと聞いた」

「そうよねぇ」

「だけど何だか……俺は気持ち悪いと思った」
「ふむ……」

「だって、田畑を耕さずとも年中作物が実るなんてあり得ないし、作物に都合のいいように雨が降り、その他は穏やかな晴れだなんて……まるで、俺たちは適切な箱庭で、養殖されているかのようだ」
「その考え方は初めてね」
翅は笑う。
彼女が見てきた記憶の中の月亮公とも違う。

「陽亮に天候が生まれたのなら、作物を実らせるのに、人間の努力が必要なら、それは……箱庭から自由になるチャンスなんじゃないのか?」
「それで、月亮に来てどうするつもり?」

「月亮皇に会えないだろうか」

「会って何をするつもりなのかしら」

「月亮は……あの女……バカな公主がやらかす前は陽亮に援助をしてくれていた。だから……月亮皇なら力を貸してくれると思ったんだ」
「……なるほどね。あなたはおこちゃまだわ」

「な……っ、そんなことは……っ」

「あなた、月亮神話をご存知?」
「陽亮神話とは違うのか?」

「違うわね。月亮神話と言うのは……」
翅が語ったその神話に、朱雀は目を丸くする。

「そんな……じゃぁ先代がやったことは……月亮の平穏を脅かすことだったのでは……?」
それならば、何故月亮はその過ちを犯した陽亮に援助をしたのか。

「誤解しているみたいだけど、月亮皇が善人なわけないじゃない。何たって、凶星である私たちの初代を拳ひとつで屈服させるほどの傍若無人よ。そして私たちがついていくのなら、相当な悪どさを持つやつでもあるの。ただ国をよく治め、民のことを想う名君だからこそ、悪人な面が上手く隠されている……いや、隠す策士だわ」
翅はケラケラと笑う。


「では俺はどうしたら……」

「あなたは陽亮に必要なものは何だと思う?」

「これからは少しでも田畑を耕し、作物が取れない冬は田畑を休ませ、今の陽亮の気候に合わせるために、土壌や作物を改良していくしかない」

「それを知っているのなら、あなたがやりなさい。たとえそれが先代の皺寄せでも、お花畑のやらかした業であっても。自分で何一つ成そうとしないのなら、陽亮皇に鼻で笑われ帰らされるわよ」

「……理不尽だな」
「神の力を持つって、そう言うことよ?だからこそ、人智を超えた力を持つの。さぁ、そろそろ帰りなさいな。いつまでもそこにいても、すぐに冬が来て、土は雪の下に埋もれるわ。少しでも田畑を耕すんじゃなかったの?」

「……分かったよ……翅さん」
そう言うと、瑞鳥は再び空に舞う。

「やれ……また月亮を脅かしに来たのかと警戒しましたが」
物陰から現れた男の姿に、翅がニコリと笑う。

「あなたも警戒心すごいわね」
「もう、間に合わないだなんて、そんなことは嫌ですから」
「江のことね……あなたたち、何だかんだで仲が良かったものね」

「俺は兄上を慕うものには優しいですよ」
「……じゃぁ、私は?」

「スイさまには素直なので特別です」
「あら、ありがとう。やっぱり私のこと心配で見張ってくれていたの?」
「さぁ、どうだか。あなたなら、のらりくらりと躱しそうですが」

「そうねぇ、そうかも」
クスクスと笑う翅に、自ずと駱崗からも笑みが溢れた。

――――そして、陽亮に帰ってきた朱雀を迎えたのは、神官長たちだけではない。

「ねぇ、朱雀!私の朱雀!」
姿を見せたのは、王に謹慎を言い付けられたはずのお花畑公主・弥花である。

どうしてか何かの力が働いているかのように、弥花は自由に動き回る。

「俺はお前のものじゃない。そもそも俺は神の遣いなんだろう?それを自分のものとのたまうのなら、それは神に成り代わろうとしている反逆者ではないのか?」
その言葉に、神官長たちがハッとする。

「ちょ……朱雀……?何を言っているの……?私は神に選ばれたヒロインで……」

「お花畑すぎて話にならない。神はお前を選んでいない」
それだけは確かなのだと、朱雀には分かった。

「みんな、これからは田畑を耕して、農業をするんだ。何もしなくとも食料が手に入る時代などとうに過ぎた。神はそう、俺たちに試練を課したんだ。だからこそ、まずは大神殿から始めよう」
田畑を耕して、冬が来る前に、最低限の実りを。

「ちょっと朱雀、何を言ってるの!?あなたは私と結ばれるために……!」

「早くこの反逆者を捕らえてくれ。俺は田畑を耕さないといけないからな」
朱雀がそう言えば、神官たちが弥花を捕らえに走る。思えばその試練でさえ、歩むきっかけとなった凶星は……弥花なのだから。

そして朱雀は早速とばかりに手に鍬を持つ。

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