――――太陽にはなれない、日影の国。
月亮と言う国。

「何代ぶりかしらね」
私たちにとっては特別な土地である。

当代は知らずとも、知らぬ代があっても。それでも……。

「こんなに豊かになっているだなんて」
初代の頃くらい昔は、民が食べていくのも必死だった。
気候にも大地にも、全てに恵まれた陽亮は、陽亮の国土からあぶれたものたちにはその恵みを分け与えない。それよか月亮を天災が起こり、神の創造した土壌を改良して、肥料を混ぜる邪道をする不吉な土地だと蔑んだ。

「今では形勢逆転よね」
全てに恵まれ、天災すら存在しない……そう思われていた陽亮は、神子の失敗により天の裁きを受けた。
そんな陽亮に、月亮は慈悲をかけ、援助をした。

それからも陽亮は、豊かな土地が戻るには程遠く。気候も安定せず、日照りは終わっても、豪雨災害だの、地震だの、踏んだり蹴ったり。そのような天災にさらされたことのない陽亮の民は、何をどうすればいいかも分からず、自分たちが散々バカにしてきた月亮に泣き付くしかない。
散々バカにした月亮の土壌で実った食料を口にするしかない。

「でも……」
月亮は、おひとよしではない。何せ初代を知っているのだ。本能が悪に塗りつられた私たちを屈服させた初代月亮公が、善人なわけはない。私たちですら匙を投げて逃げ出したいほどの、冷血破壊魔王だったんだから……!

それでもその力は国を妖獣から守るために使ったし、国を栄えさせ、民を飢えさせないことを第一とした。

「だから伝説なのよ」
私たちが悪戯したら烈火のごとく追っかけて尻叩いてきた変態だけどねぇ。
――――その、末裔の当代月亮皇・月維竜。あれはきっと、恩を売っておいて、陽亮が醜態を働けば即座に切り落とし、泣きすがる陽亮をせせら笑う気……。
そんな気がしてならないわ。

そしてそんな月亮皇のおわす月亮の地に、一足早く足を踏み入れていたのが、私の弟だ。

「アンタ、随分と懐柔させられてるじゃないの」
「ほっとけ」
布面の下で涙目になっている弟。

「何でそんなことになってるわけ?」
「維《ウェイ》の枕に悪戯したら……肘掛けにされた」
いや、ほんと何なのかしら、あの月亮皇は。てか肘掛けって……?檮杌の杌が肘掛けって意味だから……とか?安直すぎるけど、でもやっぱりあの男も私たちに負けず劣らずヤバいヤツね。
あの月亮公の末裔なだけはあるわね。

「大体何だって枕に?どんな悪戯仕込んだわけ」
「だって……!いつも俺を枕代わりにしてるのに、夜寝てる時だけ俺が枕じゃない!」
いや……この子は一体何になりたいのよ。相変わらずのバカね。まぁ、そこが放っておけないんだけど。

「だから維の枕に石を満タンに仕込んで置いたんだ!!」
もう少し頭使って悪事ができないのかしらね。

「仕方がないわね、タオ……」
「今の俺は、桃《タオ》なんだ……!」
嬉しそうに語っちゃって……アンタが桃の花の桃……。似合わないにもほどがあるが。

しかしこの気に入り用。懐きすぎよ。

「お姐ちゃんが見本を見せてあげるわ」
「はぁ?何言ってんだ?姐ちゃん」
「悪事を仕組むってことよ!弟なんだから黙ってついてきなさい!」
「わ、分かった……!」
ほんと単純すぎる弟で……代々使い勝手が……いやいや何でもない。

正攻法で行くなんて、弟を屈服させて肘掛けにしているあの冷血破壊魔王には向かないわ。
狙うのは……弱いものからよ!

「どうも、こんにちわ~~、お嬢ちゃん」
私が目を付けたのは月亮公の皇后が産んだ愛娘である。まずはこの娘から利用してやる!

「あら……桃さんのお知り合い?」
「うん!姐ちゃん!」
よし……侍女は上手く桃が引き付けているから、この隙に!弟の顔が月亮城で知られているからこその穴を上手く突いたのよ!見たか月亮皇冷血破壊魔王!

「お姐ちゃんと遊ばない?」
「お姐ちゃんだぁれ?」

「桃のお姐ちゃんなのよ」
「桃叔父ちゃまの?」
「おじちゃ……っ」
今吹き出しそうになったのだけど!?

「だから、お姐さんは安全よ。良かったら外で遊ばないかしら?」
上手く外に誘き寄せてそれから手篭めにいいぃっ!

「ほぅ……?桃のねぇ……?お前はつまり……その耳と翅……窮奇かぁ」
がしりと肩を掴まれ、背筋にゾクリと悪寒が走る。これ程までの悪寒……初めてなのだが……!?

「俺の娘に手を出すたぁ、いい度胸だなァ……?」
ひぐぐ……っ、恐る恐る振り返れば、おバカな弟よりもよっぽど悪人面の般若の笑みをした……月亮皇が立っていた。

「……っ」
ヤバい……私、詰んだ。

「ちょっと来い」
そうして私は、月亮皇によって別室で吊し上げられた。

「な、何する気よぉっ!」
普通女相手だたら少しは容赦しない!?いや……この男……娘と皇后以外にはまるで容赦しない冷血破壊魔王だった~~っ!
側妃相手にも、予算以上にに贅沢したいなら戦場で妖獣狩って来いと要求する男よ、この男は……!

「なぁに……殺しはしねぇ……。それが月亮のモットーだからな」
むしろ世界の定義だもの……!

「お前を生かしつつ、永遠に終わらねぇ拷問をくれてやろう……?」
「ひいいぃ――――――っ!悪魔――――――っ!」
あら、悪魔って何だったかしら。確か何代か前の窮奇が……って今はそこじゃない!私の危機いいぃっ!

「お父さま、やめて!そのおねえちゃんは、スイのおともだちなの……!」
その時、響いたかわいらしい声に冷血破壊魔王の般若の笑みがスッと消え失せる。

「スイ……何でここに……桃……お前か」

「ひぐ……っ」
これでも姐を助けようとしたのかしら……あの子ったら。世界でたった4人の義兄弟。もう3人になってしまったけれど……それでも、私たちには、他に理解者はいなかったから。

だけど……今は……。
あの子には維竜皇が……そして私にも……。

「スイが……言うのなら」
愛娘の言葉もあるのだろう。でもこの男、それでも……あの子のことを思っているのよね。そんなことくらい、ずっと分かっていたのに。

だからこそ、あの子もここに居着いているのだ。

この国は昔からそうだ。どんなに本能のままに悪どいことをしようが企もうが、この国だけは……。
私たちは本気で滅ぼそうだなんて、ずっとずっと、しなかった。

もし手を出そうもんなら月亮皇に斧を持って追い掛けられるから……と言うのもあるけれど。

私たちは……もう一度、月亮公に会えるのではないか。そんな淡い期待を、何代にも渡って持ち続けているから。

だからいつになっても……何代かかっても、必ずここに戻ってくる。

一方的に敵意を向ける陽亮なんて、私たちは見ていないのよ。

それでも妖魔帝国を出て月亮に向かえば、凶星は来るなと怒る。

とんだ筋違いだわ。私たちが求めているものすら見えないのに。

時には捕まり陽亮の神子に幽閉され、死ぬまで牢に繋がれた。
時には妖魔帝国すら抜け出せず、封魔具で無理矢理押さえ付けられる。

私が今代女の姿を象ったのも、それを利用して抜け出すためだわ。

そして私は何代かぶりに月亮に辿り着いた。

「それと、お前」
「何よ、破壊魔!」
ようやっと下におろしてもらえた私は、月亮皇を睨み付ける。

「随分と生意気な口だなぁ?オイ」
「ひ……っ」
やっぱり合ってんじゃないの!!

「維竜皇でいい」
「……維は?ダメなの?」

「お前の後ろで猛犬が嫉妬心を燃やしてるからな」
そう言われて振り向けば。
あら、いつの間に。

「いくら姐ちゃんでも、許さないからな!」
ほんとにアンタ……この冷血魔……いや、維竜皇に懐いたわねぇ。

「分かったわよ。じゃぁ維竜皇」

「ふん……で、お前は?」

「……」
私の……あるわけないじゃない。初代がもらったのは、初代だけのものよ。みんな、代々欲しくてたまらなかった。いくら悪事に手を染めようと、財や贅沢を貪ろうと、手に入れられなかったもの。

「そうだな……お前、翅《チー》でいいや」
安直すぎるわよ……!確かに翅《はね》は生えてるけど……!
さすがは弟に桃なんて付けた冷血破壊魔王ね!!

「ほら」
そして維竜皇が紙に書いて寄越してくる。

「……っ」
これって……。

「お前が呼んで欲しいやつに、呼んでもらえばいい」
「……バカっ」
ほんと……この男は……っ。初代の月亮公とは違う……いや、破壊魔王なところは違わないだろうけど。

「あぁ、それと、月亮に出入りするなら、これを」
当代が代替わりすれば、自ずと月亮に還るもの。いくら陽亮や妖魔帝国の凶星を縛るアイツらが望もうにも、それだけは手にすることは出来なかった。

「赤珊瑚の翅飾りね」
代々でも、初代以降、限られたものしか身に付けることが出来なかった宝貝《たからもの》。

「仕方がないから、もらってあげるわ」
「でも翅姐、嬉しそう」
桃が私に翅飾りを着けながら、ニヤニヤしながら見てくる。

「バカね」
当たり前でしょう?

そして私は、早速私の小さな妹妹に会いに行くのだった。