お父さまとの再会を温めようとしていたところで、叫び声が聴こえてくる。

『…………によ、私は………なのよ!?……と、聞きなさいよ!』

「あれは……」
何だか聞き覚えのある声ね。

「例の陽亮の遣いだ。一応お前に謝りたいのと、支援の継続を求めてやって来たらしい」
「ふぅん……?いいわ、手短に済ましたいから、会うわよ」
そして残りの時間は祖国でゆっくりと時間を過ごしたいものだ。

「あぁ、スイ姐上、お帰りなさいませ」
そう挨拶をしてくれたのは、久々に顔を合わせる彩竜だ。
出迎えの場に来られなかったのは、彼らの相手……いや見張りだろう。しかし、何だか限界そうね。相当なのかしら。

「大丈夫なの?」
「今にもぶん殴ってやりたいところ、陸《ルー》叔父上に諭され我慢している最中です」
あぁ……そっち。メンタル的な問題ではなく。……うん、彩竜も間違いなくお父さまの息子である。

――――そうして、陽亮の遣いとの面会の場がセッティングされたのだ。

しかし、陽亮から来た遣いたちが一斉に拱手をする中、甲高い声が響く。

謝罪とは聞いていたが、あなたもいるとは。一番謝罪がひつようなのに、謝罪すらできないあなたが。

「きゃあぁぁっ!?」
そしてその謝罪すらできない陽亮の公主・弥花が悲鳴を上げる。

「スイ、何よその化け物妖魔!赤い鱗……?顔に……気持ち悪い!こっち来ないで!見ないでよ!化け物!!!」
それ、飛のことを言っているの!?何て酷いことを……!それが謝罪をしに来た側の態度なの!?

「あ……っ、でも、あなた、いいわ!」
そして弥花は何故かふらふらと道を逸れ、何故か地角の前に立つ。いや……まぁ、地角は地角で整った顔をしていると思うが、本性はドS小姑よ……?

「あれは大層な悪党だぞ」
いつの間にかこちら側に、桃叔父さまが来ていた。しかも悪党……まぁ、ドSっぷりゆえなのかしら。

しかし次にその場に響いた言葉に絶句する。

「私は陽亮の神話の四神を従える女主人公《ヒロイン》となって、悪の帝国・月亮と、その黒幕月亮皇を倒す運命の姫なのよ!」
いやいや、何を言い出すの!弥花は……!と言うかあなたは謝罪しに来たんじゃないの!?男漁りに来たわけ!?

「そして四神を見た瞬間、私はそれが自分の四神だと分かるようになってるの……!」
何その新手のバトル少女漫画のヒロイン設定は……!唐突すぎるわ!

「だからきっとあなたは四神のひとり……悪しき月亮皇に心を奪われ操られているだけなのよ!さぁ、あなたの名前を教えて……!あなたは青龍?白虎?それとも玄武かしら……!」
……だが瑞兆と呼ばれる四神と同じと見なすには、地角は明らかに違うと思うのだが。

「俺かい?俺は何でも食らう、暴食の饕餮《タオティエ》と言う」

「は……?何……?」
こっいつはっ!月亮を散々貶しておいて、月亮に留学までして何も学ばずに、あろうことか月亮の神話も知らんのか……!
私なら前世の記憶があるから、饕餮《タオティエ》の発音は違っても、前世の漢字からこちらの漢字への文字変換から饕餮《とうてつ》だと分かった。あと、ヒントとして饕餮紋もあったし、混沌と窮奇が一致したのなら、自ずと候補は限られる。それから饕餮紋と共にあるのならそれは饕餮である。

「お前の大好きな四神をも食らう化け物だ」
「……ひっ」
地角の剣幕に、弥花が喉をひゅっと鳴らすが、誰も助けになど来ない。本来は月亮への謝罪と支援の再開のために訪れたこの場で、弥花が再び狼藉を働いたのだ。
お父さまのひと言でその場で切り伏せられてもおかしくはない。
たとえ公主と言うことで弥花は切られなくとも、間に入ったものが腹いせに切り刻まれるかも分からない。むしろ桃叔父さまなら後者を選びそうだわ。

弥花は陽亮の公主でありながら、命をかけて守ってくれる臣下もいないと言うことだ。
彼女を守るのは、彼女の幻想の中の四神とやらだけなのだろう。

それにしても……。

「饕餮って、四神も食べるの……?」
陽亮神話では神の遣い、その役目を引き継ぐものたちは神から特別な加護を得た人間である。
創世神話以来、役目を受け継ぐ人間は細々といたようだが、四人揃うことは少ないらしい。

「饕餮も神と言えば神だぞ」
「まぁ……確かに……?」
飛雲の言葉に頷く。饕餮や檮杌を数える単位は『人』ではなく、『柱』である。月亮神話では当たり前のことだから、ついつい忘れがちだけれど。

「まぁ、そう言う意味で言えば……青龍は当の昔にこの腹の中だなぁ……?」
地角が嗤う。え、青龍うぅっ!?
アンタ……青龍を!?

「思えば青龍の資格の持ち主は、もう何十、何百年と生まれていないそうだねぇ。それも当たり前か」
いやいや、まさか本当に食べちゃったの……!?何百年も生まれていないとなれば……恐らく当代の饕餮ではなく、何代か前だろうが……。
四神とは違い、この特殊な妖魔族たちは代々そう途切れることはなく、四柱揃っていることがほとんどなのだ。まぁ、揃っていないといけないわけがあるのだけどね。

「とっくにこの腹の中にあるのだから」
地角がニイィッと嗤えば、弥花がへなへなと崩れ落ちる。
バトル少女漫画のヒロインのようにいきっておきながら、簡単にゲームオーバーとは情けない。
むしろ、あれ、ヒロインって言っていい代物だっただろうか。まるで誰かに作られたかのようなシナリオは……何?

「さて……ほら話は済んだか」
そしてお父さまが地角と弥花の前に立つ。その傍らには桃叔父さま……今は檮杌《タオウー》と呼ぶべきかしらね。分かりやすく言えば檮杌《とうこつ》である。前世ではただ本能のままに破壊しまくる破壊魔……。桃叔父さま曰く、破壊魔はお父さまの方らしいが。……そんなに破壊してたかしら……?

「今回は、陽亮からは公主に直接謝罪させると話があったが……今のが謝罪と言うことでいいか?」
お父さまの声に抑揚がない。その迫力もそうだけど、隣で檮杌がマジの威嚇をしているのも効いてるわね。陽亮からの使者たちも、この場で前に出る勇気はないようだ。そもそも使節団の中で一番偉い身分にあるのは弥花なのだから、ここは弥花が責任をとるべき場面なのだ。

「悪いが、月亮を悪だの、月亮皇の俺を悪だののたまう国に、今後援助は一切しない。する理由もないだろう?だが安心しろ。今までしてやった支援を返せとは言わない。だがこれからは、疲れはてた田畑と荒れ狂う天候と共に自分たちだけで生きていけ。……今までのようにな」
その言葉に、陽亮の使者たちがへなへなと崩れ落ちる。うちの国からの援助がなくなったら、一体どうやって生きて行くのかしらね。さすがに神の遣いだけでは腹は膨れまいに。

今までは年がら年中作物が取れ、天候も晴れひとつで適度に恵みの雨が降る常春の国。

その昔の陽亮王は、年がら年中作物がとれる陽亮の豊かさを月亮皇に自慢した。そして月亮は冬を迎えれば作物が育たなくなることを嘆き、バカにした。
それに対して時の月亮皇は言ったそうだ。

【人間は絶えず働くことなどできない。朝起きて、夜は寝るものだ。田畑も同じ。眠る暇さえなければいつしか疲弊してしまうだろう】
かつての陽亮王は、常春の陽亮ではあり得ないとせせら笑ったようだが、まさに今、かつての月亮皇の言った通りになってしまった。

大災害を皮切りに、陽亮の常春は消え失せ、目まぐるしく変わる天候と、天災、疲弊した土地に作物はなかなか実らず、どんなに豊穣の舞を捧げようとも僅かな恵みしかとれない。

舞で土は膨れない。神の加護の名のもとに、常春の恩恵を独り占めしてきた陽亮は、今までバカにしてきた月亮の手を取るしかなかったと言うのに、もう今は、月亮にも見放された。

まるで、今までの積もるに積もった恨みを一気に返すかように、月亮の採択は……陽亮の傷を深く深くまで抉ってから、笑いながら去っていく。

そうさせたのは、全ては常春の恵みに溺れ、うつつを抜かしすぎた神の国の性質のせいであろうに。

「それと……お前はだいぶ思い違いをしているようだから、教えておいてやる」
あら、さらには何をかしらね……?お父さま。

「お前の父親……先代王太子の話だ」

「お……お父さま……!私の本当の……っ」
弥花が急に元気になる。本気で怒っているお父さまと、マジの威嚇をしている檮杌の前でまだそんな口を利けるだなんて……そこだけはヒロイン気質なのかしら。

「あ、アンタがお父さまを殺した黒幕なのよ……!私、知ってるわ!予言書に書いてあったもの……!」

「あ゛ぁ゛……?」
ヤバいヤバいヤバい。お父さま以上に檮杌がガチギレ寸前なのだけど……!?あれ、お父さまが隣にいなければ確実に殺ってるわよ……!

「お前の父親が何故死んだのか……そうか。陽亮は話していまいか」
「な……な……何よ……!アンタがお父さまを……っ」

「お前の父親は、白虎の資格を持って生まれた優秀な武人だった」
弥花の父親が、先代の……?だけどそんな話、聞いたことがないわ。しかも先代の王太子よ……?それが神の遣いの資格を持っていながら、知られていないだなんて。まるで、みなそれを口にせず、封殺されたかのように。

「そうよ!お父さまは先代の白虎っ!みんなみんな信じてくれないの!」
陽亮のものたちまで、何故娘である弥花にそれを隠したの……?

「それもこれも、アンタがお父さまを殺したからよ!」
弥花はお父さまに怒りの目を向けるが、お父さまは構わず続ける。

「お前の父親は確かに優れた剣の使い手だった。しかし武者修行と称して月亮を巡っていた折……許されざる罪を犯した」

「お父さまが何をしたって言うのよ!!」

「混沌《フェンドゥン》を殺した」
は……?混沌を……殺した……?

「そうよ……!予言書に書いてあったわ!お父さまは四凶の混沌を殺して倒したのに、アンタが復讐してお父さまを殺したのよ!」

「貴様……っ」
檮杌が吠える。

再びビクンと震えた弥花が顔を青ざめさせる。

「お前の父親は混沌を殺した。だからこそ、混沌が守っていたものを、罰として踏襲させられたんだ」

「は……?守って……?」
月亮神話を学んでいたらすぐに分かったでしょうに。四柱の妖魔族は、決して殺してはいけないのだ。だがしかし、彼らは決してその役目からは逃げられない。それは彼らよりも高位の、この世界の一番偉い天帝と言う神が定めたことだから。
それが世界を成り立たせることに必要であり、陽亮の地に暮らすことがかなわず、追い出されたものたちが、この月亮と言う国で暮らすためには必要だったものだから。