祖国から届いたのは、立太子の報せである。直系は私ひとりだったから、次の皇太子は自ずと腹違いの弟から選ばれることになっていた。

「彩竜《ツァイロン》が選ばれたのね。武芸もさることながら、皇帝としても遜色なく推せるわね」

後宮の異母姉弟となると、どろどろしたものを想像してしまうかもしれないが、むしろうちは淡々としていたわよね。
それもこれも、先代が後宮を大きくしすぎたから縮小したのだ。無駄に贅沢を望もうものなら、お父さまから戦場で自分で稼いでこいと言われるから、誰もバカなことはしなかったのよ。ほんとあの父は……最恐というか。

それと……陽亮からの遣いか。

「スイ、やはり月亮には行きたいか」
「そうね……改めてお父さまにも挨拶……した方がいいと思うわよ、あなたも」
馬車に忍び込んで付いてきたこと、お父さまのことだから今頃掴んでるかもしれないわ。

「うぐ……だが……月亮皇は私の顔をどう思うだろうか」
もじもじする飛はかわいいが。

「別にどうもしないわよ」

「しかし……だな」

「恐がらなくてもいいのよ?」
おいたをしなければ、基本は平常心である。その平常心をぶっ壊してキレさせるのはだいたい桃叔父さまの仕事。

「月亮皇は……その、皇帝としても先輩だし、私としては……その、憧れ……と言うか、強いし、えっと……」
つまり……つまりこのかわいいもじもじは、単にお父さまに憧れて緊張してたってだけ!?
いや、娘としては、父に憧れてくれるのは嬉しいが。

「なら、堂々と挨拶してなんぼよ。うじうじしてたら奥歯ガタガタ言わせてくるわよ」
「ひぃっ」
あ、逆にビビっちゃった。

「月亮皇からの誘いで月亮に行くのは構わないし、陽亮からの遣いもスイちゃんがいいなら構わないけどさ……ほんと月亮皇ってなんなの。人間なの?」
私たちの話が終わらないのを心配してか、地角と範葉が来てくれたようだ。

「お父さまは人間……だと思うわ」
「何で一瞬躊躇ったのかな……?」
ニッコリドSが微笑んだ。

「だって色々と桁違いなんだもの」
「父さんを平気で服従させるのが月亮皇陛下ですので」
「……納得したわ」
範葉の言葉に、地角がうんうんと頷く。基準……桃叔父さまなの……?

「とにかく……!しっかり挨拶できれば問題ないわ!陽亮の遣いは……不安は残るけど、飛が一緒なら、大丈夫よ!」
「私が……一緒なら……!」
あら、飛の元気が出たのかしら。それならそれで、良かったわ。

それならば、早速祖国へと向かいましょうか……!

※※※

――――月亮皇国

「は、はじめまして……わ、私が……スイの……旦那……いや、夫の方がいいかな」
お膝の上でぬいを両手にお人形さんごっこって……っ!
道中暇さえあれば、飛は私ぬいと自分ぬいで、お人形さんごっこならぬ……緻密なシュミレーションを繰り返していた。見てる分にはかわいすぎるお人形さん遊び……。いや、ぬい遊び。

「飛、あのね、一応相手は月亮皇よ?もっと威厳を持ってみたらどうかしら」
さすがにもじもじ天然妖魔帝ではカッコがつかなくないだろうか。

「は……っ、威厳か……っ!お、お義父さん!私がスイを……スイをください!」
いやいや、色々ともっとおかしいことになった――――っ!ぬい遊びでテンパってるわ!完全にテンパってるわよ!

「じゃぁ、私がリードするから。ほら、ぬいを貸して」
私ぬいを受け取り、私もぬい遊びに加わる。

「お父さま、ただいま帰りました。こちらが妖魔帝飛雲、私の夫です」
「よ……よろひく……ひゃっ、噛んだっ」
かわいさ倍増すぎる~~っ!

「ほら、飛。ちゃんと言えたら、ご褒美あげるわよ」
「ご褒美か?」
「そう、ご褒美」
私ぬいから飛ぬいの頬へ、ちゅっとご褒美……なぁんて……。

「かあぁぁぁっ!」
ひぃーっ!?飛がこの上なく喜びの嵐をおおぉっ!

「あの、ぬい遊びはそろそろ……」
そう範葉の声が聞こえ、私たちは馬車が停止していることに気が付いた。開かれた扉。その向こうで盛大に吹き出す地角。微笑ましそうに見守ってくれる胡艶とマオピー、何故か地面に突っ伏してる駱叔父さまは……何であんな体勢に。

「月亮皇陛下が、出迎えに来てくださってます」
範葉の言葉に、さらにパニックになる。

「ひぁあぁぁっ!?もうお父さまがぁっ!」
「かあぁぁぁっ!」
飛も落ち着いてぇっ!

「ほら、深呼吸!」
範葉の深呼吸の音頭に、2人でゆっくりとす~~は~~と深呼吸。

「さぁ、行くわよ、飛!」
「うむ、スイ!」

「気合いは結構ですが、ぬいは胡艶さんに預けてくださいね」

『……はい』

そんなこんなで月亮へと帰ってきた私と飛が馬車を降りれば、お父さまが迎えてくれた。

「お帰り、スイ!」
「ただいま、お父さま!」
お父さまが私を抱き締めてくれる。

「……む」
ちょ……飛ったらこんなところで不満がらないでよ……!

「妖魔帝もようこそ来てくれた。前回のように馬車に籠られていなくてなによりだ」
お父さまがものっそい笑顔で告げた。

「ふぐ……っ」
負けない!負けないで、飛!

「この間は挨拶ができず……その……っ」
妖魔帝なんだからもっと威厳を~~っ!内心応援しつつも、う~ん、このぽわぽわ天然夫がかわいすぎてどうしようっ!

「……まぁいい、積もる話はあるが、歓迎してやる」
あら、お父さま……?それはサービスかしら。
しかし範葉が地角に何やら呟いているのが聞こえてしまった。

「あそこ、父さんが」
そう言えば……物陰から何だかぐったりとした桃叔父さまが見えるのだけど!?

「桃……お前、また肘掛けに処されたのか」
どうやらお父さまの大サービスは、桃叔父さまの敢闘あってのことだったらしい。