部屋に入っておいでと手招きしても、なかなか入ってこない飛雲を、見かねた地角が手を引っ張って連れてきた。

「スイ……」
しかし……しょんぼりしてる。まるで仔犬みたいな飛雲。

「ど、どうしたの……?そんなにしょんぼりしちゃって……」

「夫婦の部屋に……スイがいない」
そこか――――っ!?
いや、その……まだ夜じゃないのだから当然と言えば当然だが。しかしウキウキ気分で夫婦の寝室に向かえば、私がいなかったものだから、ふるふるしながら私の部屋を覗いていたとか……かわいいにもほどがあるわよ!!

「こっちに遊びに来ればいいじゃない。さすがに私から飛雲の部屋に行くわけには行かないし」
「スイならいつでも来てくれてかまわない」

「ほかの妃がいたらどうするのよ」
皇帝や王とは一夫多妃。国によっては何十……いや何百もの妃を抱える。
皇后のほかにも、妃の種類は多い。皇貴妃、貴妃、妃、嬪。身分や皇帝の寵愛度によって、どの妃の座を得られるかが決まる。
お父さまはそれほど積極的ではなく、亡くなった私のお母さま以外の后もいるにはいるが、外交上、あとは国内の貴族との結び付きのために迎えたものだ。まぁ先代が結構後宮を大きくしすぎたと言うのもあり、おばあさまも賛同のもと、現治世では縮小したのだ。もう、縮小しまくりよね。

「スイ以外にはいない」
「はい……?」

「陛下にとっては、スイさまが初めての后なのです」
胡艶が補足してくれる。何――――っ!?

「でも、これからは迎えるかもしれないでしょ?」
お父さまもお母さま以外は迎えるつもりはなかったようだが、しかし立場上迎えるしかなかった。だから飛雲だって……。

「無理だ……みな、私を恐がる」
何だか、切実な声を聞いた気がした。

「スイじゃなきゃ……ダメだ」
「でも……」

「飛雲が望むのなら、俺はいくらでも賛成するかな」
にこっと笑う地角。
「そうねぇ……直系ならばほかにも弟殿下がいるのですし、陛下は陛下で、スイさまと幸せになるべきですわ」
と、胡艶。臣下たちはそれを応援しているのね。そして……弟か。何だか甘えっ子だから、飛雲は弟だと思っていたが……お兄ちゃんなのか。
しかしだからこそ皇帝の座に座っているのよね。

「……分かったわ。でも、国政上必要になったら、ちゃんと相談してね」
「うん……ないと思うが」
推すわね……でも、一途なら一途で、少し嬉しいわね。

「それで……スイは何を……?」
「ほら、前に約束したでしょ?お人形さん、作るって。だからぬいを作るのよ」
「ぬい……?」

「お人形さんの一種よ。あなた好みのかわいいぬいができるはずよ」
まずはぬいの型作りよね。前世で作っていたから、少し覚えている。記憶のままに型を作って行けば……。

「とてもかわいらしいデザインのお人形ができそうですわ」
と、胡艶。
「分かる?よかったら胡艶も作ってみる?型を作るわよ」
「まぁ……!それはありがたいですわ!」
そのふわもふ狐耳しっぽも、しっかりデザインしてくれよう!!

そうして、ちくちくちく。刺繍をちくちくちく。

「飛雲……忙しいのでは」
「今日は后を迎えた日。だから后を堪能できるのだ」
何その超ルール!でも天然っぽくてかわいいから可!

「ほんとは留守にしてた間の仕事やれって宰相がキレてるけどぉー」
ちょ……地角がぶっちゃけたわよ!?

「まだまだかかるから、行ってきなさいよ」
「でも……あとどのくらい?」
「夜までは……」
ぬい作りは早い方だと思う。ただしぬい作り以外何もやらなければだが。

「聞きましたよ……陛下……来い……!」
ひいいいぃっ!?部屋の扉の隙間から、蛇の目がこちらを睨んでるううぅっ!?てか、扱い!飛雲の扱いが完全に宰相の犬みたいになってんのはいいのかオイ!

「ふぐ……」
「まぁ、楽しみがあればその分頑張れるんじゃない?」
地角もたまにはいいこと言うわね。

「うむ……でも、スイ」
「……なぁに?」

「行く前に、ぎゅーして」
そう言って腕を広げる飛雲。やっぱりかわいいわね、このひと……!!!

そしてリクエストどおりぎゅーしてあげれば、泣く泣く宰相のところに向かう飛雲。

「頑張ってね」
そう、手を振れば。

飛雲がパタパタと手を振り返してくれた。
やっぱりかわいいわね、あの小動物……じゃなかった飛雲。