――――控えの間では、早速謁見のための準備が始まる。着替えるので、範葉は部屋の外で待っていてくれているから、妖魔族の侍女たちが手伝ってくれる。

「では、早速こちらを」
妖魔族の侍女たちが見せてきた衣の色に、ピクリと固まる。

――――金色。

それは禁色である。月亮でもそれが着られるのはお父さまだけ。つまりは皇帝のための色。

妖魔帝国にしろ、人間の国にしろ、金色の衣は皇帝の色……そんなこと、庶民の子どもだって知っているわよ。

「我が妖魔帝国での、后の謁見のための装束ですわ」
妖魔族の侍女たちが、明らかに悪そうな笑みを浮かべる。

「まさか、月亮の公主は我が国の伝統的な装束をお召しになれないと……?」
「つまり、妖魔帝国に翻意ありと言うことですわね?」
何を言うか。あなたたちこそ、この金色の衣を私に着せようとしている。それも、女性ものをわざわざ作らせた。そんなものを作らせるなんて、どんな勢力の仕業か分からないけれど、少なくともこの侍女たちは……自分たちが何をしようとしているのか、分かっていない。

これを私が着て飛雲の前に出たら、それはまごうことなき皇帝への不敬。処刑になってもおかしくない。そんな格好を、この侍女たちは私にさせようとしている。

でもね、この衣を皇帝以外のために作らせた時点で翻意ありと見なされる。さらには私に着せようとしたあなたたちもまごうことなきグルと見なされるのよ。

「分かりました。では着替えるので、あなたたちは出ていってください」
禁色を平気で后に着せようとするなんて、とんだ侍女だわ。着付けのイロハも知らない侍女に着付けられたいとは思えないわ。それなら自分で着るわよ。もちろん侍女たちが持ち込んだ禁色は着ないけどね。

「な、何ですって!?」
「人間の小娘が偉そうに!」
しかし、それでも引き下がらない侍女たちが激昂する。私は確かに人間だけれど、ほれが妖魔帝の后に対する態度かしらね。侍女としての資質も疑われるわ。やはり侍女として、必要な技能や知識は持ち合わせていないようね。
持ち合わせているのは……陰湿な嫌がらせのレパートリーかしら。

「たとえ私が人間の小娘であろうとなかろうと、私は月亮の公主であり、妖魔帝に嫁ぐために来たんです。あなた方にそんな風に言われる覚えはありませんが」
妖魔帝の后が人間だからと言って、ナメた態度を取っていいはずがないのだ。

「黙りなさいよ!生意気な!」
その時、侍女のひとりが爪を突き立ててくる。ちょ……そんなんで引っ掛かれたら……っ。

「スイさま!」
しかしその時、部屋の扉がバタンと開き、範葉がこちらに乗り込んできて、侍女たちから私を突き放す。

「スイさまに何をしている!」
範葉は妖魔族の侍女たちを恐れもせず、立ち向かう。やっぱりあなたがついてきてくれて良かったわ。

「何を……っ、人間のくせに!」
「待って……あなた、本当に人間かしら」
侍女のひとりが範葉を見下ろす。

「もしかして……混ざりもの……?」
侍女の中にも鼻が利くものがいたと言うこと……!そして範葉の秘密を暴いた侍女たちが、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。

「だから何だと言うのかしら。あなたたちが如何に城の侍女として相応しくないか、よく分かったわ」
その時、凛とした女性の声が響き、扉から入ってきたその姿に侍女たちが沈黙する。

それは狐耳に狐しっぽの、美しい妖魔族の女性だった。そしてその後ろからは……。

もっふもっふもっふ。

こちらに歩いてきて、もふもふセラピーをくれる、マオピーだ……!
マオピーも来てくれたのね……!

「あ……あの……わたくしたちは胡艶《フーイェン》さまのために……」
侍女たちが彼女の名を呟く。

「私のため……?それは妖魔帝陛下の皇后に手をあげることかしら……?それとも、妖魔帝陛下の皇后に、皇帝にしか許されない衣を着せようとしていることかしら……?」

「それは……っ」
侍女たちが自分たちが持っている衣を見て、震える。

「これは、公主が持ち込んだもので……っ」
私のせいにする気……!?

「違う、スイさまが持ってきたのは、主君の色」
そこで、マオピーがひとこと。そうよ。私はそもそも飛雲に、謁見の間に着てくる衣装を渡されているのだかららその禁色の衣なんて着るはずがないのよ。

「輿入れに同行したマオピーが言うのなら、確かだわ。あなたたちは出ていきなさい。それと、その禁色の衣を持ち込んだ罪は、作成者や発注者と共に裁かれることとなります。心しておきなさい」

「そんな……っ、私たちはこれを皇后に着せるようにと……っ、あ……っ」
今完全に自分たちが持ち込んだと言わんばかりの発言をしたわね。

「言い訳は結構。彼女たちを連行なさい」
胡艶が命じれば、控えの間に武官たちが入ってきて、「嫌だ」「誤解よ」と騒ぐ侍女たちを連行していく。

「お許しください、公主さま。妖魔帝に媚を売りたい高位の貴人が、自分たちの娘を后の側付きにと強引にねじ込んだのです」
胡艶が私に頭を下げてくる。

「いいのよ。結局は退場してくれたことだし。仕度は胡艶が手伝ってくれる?」
「もちろんでございます」
うん……!初めて会ったのに、何だか安心できるのよね。何だか母性を感じさせる女性である。

そんなわけで、マオピーと範葉は一旦部屋の外へ……。

――――と、その時。

「また後でね、マオピー」
「うん」
マオピーに向かって手を振る胡艶に、かわいらしくもこもこお手手を振り返すマオピー。
何あれかわいい……!私も飛雲とやりたいんだけどあれ!?

いや、とにもかくにも、まずは飛雲に会いに行かねば。私は大急ぎで、胡艶に着付けを手伝ってもらったのだった。