――――私たちは、妖魔帝国側に入国を果たした。
「国境沿いだから、かろうじて人間も見かけるけど……でも妖魔族のひとばかりだわ」
馬車の小窓から見えるひと波を見やれば。
「そうだな。国境沿いを離れると、人間はまばらだ」
そう、飛雲《フェイユン》も答えてくれる。
「やっぱりそうなるのね」
「……心細いか?」
私がそう呟いたからか、飛雲が心配そうに問う。やっぱり優しいのね。
「ううん、飛雲たちがいるし、それに一緒に来てくれた範葉だって人間じゃない」
「……ん?」
あれ……?何かしらその反応。
「……うむ、そうだな」
その一瞬の沈黙、何かしら!?
「さて、ここからは少し歩いて、街を見物するか」
「えぇ!」
寄り道も旅の醍醐味よね。
「では、地角《ディージャオ》、馬車と荷物は先に宿へ」
「りょーかーい」
そうして、私たちが街を見物する間に、地角が馬車を宿まで移動させてくれることに……って。
「宿!?野宿じゃないの!?」
「うむ……!野宿はしっかりと楽しんだのだ……!」
楽しんだから!?楽しんだから野宿から解放されたの!?私はちょっとしたキャンプ感覚で楽しかったけど!
「それにこちらは妖魔族側だ」
「……それって……」
「身分を隠してはいるが……無駄に人間たちを恐れさせたくはない」
まさか今までの道中で、宿に泊まらなかったのは……人間たちへの配慮。
国境沿いの民なら慣れてはいるだろうが、そうじゃなきゃ、妖魔族の一団を、慣れていない内陸の人間は恐れると思ったから……。
まぁ城では桃《タオ》叔父さまがいるから、みんな慣れてるかしら。それでも私が知る限り、平気で月亮城に出入りする妖魔族は桃叔父さまと……あと歴史好きで各地を回っている友人だけよねぇ。その友人は常に城にいるわけではないから、時折だがり
それに城では妖魔族の桃叔父さまや友人を恐れると言うよりも、むしろお父さまの尻の下に敷かれてたから。恐れると言うか、哀れというか。いや、そもそもは桃叔父さまと友人のどちらかがおいたをしたせいなんだけどね。
だが城でのそんな日常も、市井ではそうも行かないだろう。
桃叔父さまも城下に赴く際は人間に擬態すると言ってたし。まぁ、擬態したら擬態したらで騒ぎになるから、また変装しなきゃいけないのだが。
……飛雲はまるで変装してない……と言うかフルフェイスのお面だが。
「こちらなら、気兼ねなく泊まれるぞ。あ……スイにとっては、内陸に入れば周りが妖魔族だらけになってしまう」
ここはある程度人間もいるのだろうが……。
「何言ってるの。今までの旅路もあなたたちと一緒だったじゃない」
それに、ここが私の暮らす、国となる。
だから周りに妖魔族がたくさんいることも、普通になるのだ。国を背負って嫁いだのだ。それを受け入れずにどうする。
「そう言ってもらえると……嬉しいものだな」
「うん」
「では……早速街を見て回ろう」
「えぇ……!」
こうして、私たちは護衛の範葉とマオピーを連れ、街を巡ることになった。
「こっちの味付けは、どんな感じかしら」
「辛いものは平気か?」
「えぇ、もちろん」
前世日本じゃ、辛いものは苦手な部類だった。でもこちらは辛いものもたくさんあるから、ぶっちゃけ言って……慣れてしまった。
「この肉串は香辛料が効いていて旨そうだ」
飛雲が勧めてくれた肉串は、確かに唐辛子の粉が点々と振られていて、辛いのだと分かる。
「これらは妖獣肉だ」
妖魔帝国では、人間の国以上に、妖獣肉が有名だ。
月亮でも国境の森付近では狩りをするから食べられているけれど。
「くせのあるものが多いから、こうして香辛料を多めに使うのだ」
妖獣肉を食べるための知恵ってことね。
早速飛雲が肉串を購入してくれる。
お支払はマオピーが務めてくれた。
マオピーと範葉にも肉串を勧めつつ、広場に移動してみんなで妖魔帝国の味を堪能である。
「んんっ、油が乗っててジューシー!くせがあるって聞くけど、でも香辛料のお陰か食欲が進むわね」
さらにこちらの串は、前世日本のものよりも長めで、そこも何だか風情があっていいわね。
「うむ」
飛雲もお面をずらしながら器用に食べている。まだお面を取る決心はついていないようだけど……確実に信頼関係を築いているのは確かである。あとは……飛雲の覚悟ができるまで、私は待つとしようか。
「肉串を食べたら……帰りに夕飯を買おうか」
「それがいいわね」
こちらの宿と言うのは、食事がついていないことも普通である。
宿の一階が飯屋になっているのなら便利だからそのまま食べられるが、旅行に来たら、基本は宿で取らずに外食だからだ。
日本のようにお部屋食とはなかなか行くまい。
私たちは夜食べる用の肉串やら肉包《にくまん》などを買い、宿に戻ろうとした時だった。
「おや……お前、人間と妖魔族の匂いがする」
不気味な男が、どこかから現れ、範葉を見ている。え……人間と、妖魔族……?一緒にいるとはいえ……気になる言い方ね。
「だからどうした」
しかしその時、飛雲がその妖魔族と範葉の間に入る。
「ひ……っ、アンタ……何者だっ」
飛雲を見上げ、妖魔族の男が身震いする。
それも、正体が妖魔帝であるからゆえか。
「只者じゃない……」
「貴様にそれを教える義理はない」
「……っ」
妖魔族の男が息を呑む。
「その通りだ」
続いて現れた男の顔を見て、妖魔族の男が震え上がる。
「あ……あなたさまは、まさか……っ」
「分かっているのなら、俺たちに関わらないことだ」
「ひいいいぃっ」
その男……地角の凄味に、妖魔族の男がふらふらしながらも悲鳴を上げて逃げていく。
「ちょっと地角……アンタどんだけ悪名……と言うかその顔知られてるわけ?」
その腹黒ゆえか、ドSゆえか。
「ま、これでも妖魔帝の側近だからね」
ほんとにそれだけなら、平和ですむけれど。
「妖魔族ってのは種族やら何やら複雑で、俺みたいに妖魔族からも恐がられるやつもいるんだよ。ま、主君は上手く隠してるけど。そのお面で」
このお面、そんな意味もあったのか。
しかし彼らが人間の国で宿を取らなかったのは、そう言う理由もあったのでは。
「さて、夕飯買ってきてくれたんだねぇ。早速部屋に行こうか。ちょうど迎えに来たところだよ」
宿は目前、迎えに来てくれたところで、偶然落ち合えたらしい。
「ほら、範葉も行くわよ」
範葉に声をかければ……何だか思い詰めたような表情をしている。
「俺のこと……気にならないのですか」
それってさっきの……。
「範葉が話したいのなら、もちろん聞くわ。でも、範葉は範葉でしょ?」
「スイさま……」
「さて、ここじゃぁなんだし……部屋に戻ってから、みんなで話しましょ」
「……っ、はい」
範葉はこくんと頷く。そして、その背中をそっともふってくれるマオピー。範葉も少しだけ元気が出たようで何よりである。