――――月亮皇国から妖魔帝国まで向かう際に通る見事な海岸線は、国境越えの醍醐味とも言えよう。

しかし、その道中、妖獣はやはり多少は出るので……。

「あぁ、楽しいねぇ。肉だ肉ぅっ!」
ニコニコ笑いながら妖獣を屠るドS小姑め、アンタ戦闘狂かよ。

「スイのために……美味しい肉……!」
張り切りながら妖獣を討伐する飛雲《フェイユン》はかわいいからよしとしよう。

一行が進む馬車の手前、現れた妖獣たちに、戦闘狂が肉だとはにかみこうして討伐しているわけだ。私は飛雲から、マオピーの影で襲われないよう待っているようにと言い付けられている。

まぁ、ひとの城市《まち》に流れても厄介だから、討伐自体はいいのだけど。

「く……っ、次から次へと!」
そして戦闘狂たちに負けず劣らずの範葉《ファンイェ》もやるわね……!でも……何だか攻撃が範葉に集中していない……?

「やめなさい!」
そう叫べば、妖獣が一瞬こちらを見た気がした。いや……何故。
しかしその瞬間。

「……やれやれ、旨そうな匂いでも嗅ぎ付けたかねぇ……」
地を這うようなその声が、一瞬誰のものなのか分からなかった。何かとてつもない恐ろしい何かが、いるような。

だがその視界が捉えたのは、くるりと身を翻し、範葉の加勢に入る地角《ディージャオ》の姿だ。
まさか地角って、桃叔父さまの同類……いやいや、まさかね……?

そして地角の脚が地に降り立った瞬間、妖獣たちが脅えたように固まる。

「肉・到了《ゲット》~!」
しかし華麗に妖獣を屠りながら、へらへらとまた笑いだすのだから……。
やはりさっき感じた底知れぬものは……気のせい……?

「地角はとても強いからな。私の自慢の側近なのだ……!」
狩った肉を素早く捌きながら、飛雲《フェイユン》が教えてくれる。

強いと言うか……別次元では。だけど、妖魔帝の側近なのだし、強くてなんぼかしらね。そうじゃなきゃ、妖魔帝だって少数の護衛と私を迎えに来たりはしないか。

「申し訳ありません。自分のせいで足を引っ張りました」
範葉が地角に詫びる。けれどそれが妖魔族と人間の差。それでも範葉は腕がたつほうだと思う。陸叔父さまにも指南を受けているはずだが、それ以上に……あの桃《タオ》叔父さまの義息子である。

「いやぁ、範葉はよくやってると思うよ?むしろ数が偏ったのは俺の影響かなぁ……」
それはどういう……?確か歴史好きの友人が昔、妖獣すらも逃げ出す四柱の凶星の話をしてくれたが……桃叔父さまじゃあるまいし……まさか関係ないわよね……?

「でも大丈夫大丈夫!飛雲が縁起物のお面被ってるからねぇ」
そう、地角が笑う。

「……縁起物……?饕餮紋のお面が……?」

「魔を食らう魔除けのお面なのだ」
飛雲が嬉しそうに語る。

「あぁ……確か……何でも食べちゃうから……」
饕餮とはたいそうな大食らいを表す。その元ネタは、前世の中華もので言う四凶のひとつ・饕餮《とうてつ》が何でも食らってしまい、それが魔に通じるものも含むからと、魔除けのシンボルとなったと言う話だ。
この世界にも、四凶と通ずる存在がいるのだ。それが饕餮、檮杌、窮奇、混沌。尤もこの世界では踏襲制の特殊な妖魔族のことをさすのだが。

「だから、私に振りかかる魔はお面が食べてくれるようにと、地角がこれをくれたのだ」
「へぇ……そうだったの」
地角ったら、いいところあるじゃない。見直したわ。

「さて……妖獣は屠ったし……今夜の野宿はここでしようか!」
うおおおぉいっ!前言撤回――――っ!せめてちょっと場所変えるとかしなさいよ!血抜きした場所よ!?逆に妖獣や獣を誘き寄せたらどうする!!

「だが、地角、海辺の城市が間近だ」
「……それもそうだったねぇ」
地角が笑う。そうよね。ここにもほんのりと、潮の匂いが届いている。
雰囲気的には、どうやらここで野宿は回避できたみたい……?