宴会を楽しみにしつつ、俺は森へと入った。
 目的地の水車小屋はこの中にあるのだが、それほど村から遠くない。歩いていけば三十分くらいでつける距離だ。
 
「前に来た時と変わらないな」

 一歩ずつ森の奥へと進みながら、かつてこの地を訪れた時の様子を思い出していた。まだまだ駆けだしで今よりずっと未熟だったからな。グスタフ先生の背中を追いかけることにただただ必死だった。

 懐かしさに浸っていると、小鳥のさえずりに交じって小川のせせらぎが聞こえてきた。

「確かこの辺りだったはず――おっ? あれか!」

 大きな岩場を越えた先に、見覚えのある川が出現。
 その脇には木造の小屋があった。

「よかった。さすがに倒壊していたら引き返さなくちゃいけなかったけど、これならちょっと改築するだけで十分住めるはず」

 そう。
 いくらなんでもこのまま住むというわけにはいかない。
 家の耐久度をあげるためには改築が必要なのだが、あいにく俺にはそうした技術もなければ必要な工具も持ってきていない。
 あるのは麻袋に入った数種類の魔草の種。
 だが、この種こそが小屋をよみがえらせる鍵なのだ。

「暗くなる前に始めるか」

 俺はリュックをおろすと、小屋の近くにある地面に種を植える。前の持ち主が家庭菜園でもやるつもりだったのか、周辺は少し整備されており、俺はそこで魔草の栽培を行うつもりであった。

 その第一弾として選択したのは、残っていたのが奇跡と呼べるあの緑色の大きな種。
 こいつは特別製で、ずっと使うのを惜しまれていた。
 聖院に残っていてもきっと使われずに終わっただろうから、ここで魔草研究のために力を貸してもらおう。

 種を植えると、俺はそこへ魔力を注いだ。
 グスタフ先生仕込みの治癒魔法使いである俺にとって、魔力の扱いはお手の物だ。炎や水を操るといった派手さはないものの、回復士《ヒーラー》としてやっていけるだけの技術は兼ね備えている。そういう意味では、冒険者への転職というのも選択肢のひとつとして考えていたんだよな。
 それでも、俺はやっぱり魔草の研究を続けたいと思い、この地へやってきたわけだが。
 しばらく続けていると、種を植えた場所の地面が少し盛り上がってきた。

「おっ? そろそろか」

 さらに魔力を注ぎ続けると、大地を突き破って巨大な根が出現。さらにその巨大な根に包まれるような形で立派なつぼみが誕生していた。

「いい感じだな」

 そう呟いた直後、つぼみがゆっくりと開いていき、その正体があらわとなる。

「ふわあぁ~……」

 大きなあくびとともに姿を見せたのは、幼い女の子。
 美しい緑色の髪に鮮やかなピンク色の花を乗せている。
年齢は五、六歳くらい。

 この子は植物型モンスターの代表格とも言えるアルラウネ。
 あの種はそのアルラウネの種だったのだ。
 細かく分類すると種族としては異なるのだが、彼女も立派な魔草であることには違いはないのでグスタフ先生の研究対象であった。
 眠そうに目をこすりながら、俺の存在を確認すると、

「パパ!」

 元気にそう叫んだ――って、パパ?

「えぇっと、俺は君のパパじゃないよ」
「でも、私を育てたのはパパだよね?」
「それはそうなんだが……」

 いろいろと誤解を招きそうな言い回しだな。
アルラウネって種族はみんなあんな感じなのか?

「ともかく、君に早速やってもらいたいことがあるんだ」
「なぁに?」
「あそこの小屋に使われている木材を昔のように元気な状態にしてほしいんだ」
「任せて!」

 元気よくそう告げたアルラウネが目を閉じると、足元から無数の蔓が出現し、あっという間に水車小屋を覆った。そして、一瞬の閃光の後、蔓が引いていくと――

「おおっ!」

 思わず声がでてしまうほど、ボロボロだった小屋はまるで完成直後のようになっていた。中に入って調べてみると、折れていたり、穴が開いてしまっていた部分も元通りでとても頑丈な住まいへと生まれ変わっている。

「よくやってくれた!」
「えへへ~」

 つぼみからおりてきたアルラウネの頭を撫でながら、彼女の仕事ぶりを褒めちぎる。
 その後、彼女の紹介も兼ねて宴会へと出席するため再び村へと戻ることに。
 明日からは魔草栽培のための農場を整備しないとな。