ハリスが順調に診療所のお得意様を増やしている頃――レイナード聖院のグランツ院長は度重なる仕事のキャンセルに頭を悩ませていた。

「ちっ! 王立学園に獣人族の冒険者どもに引きこもっている凄腕の魔女……予想よりも数が多いな」

 舌打ちを挟んでから、ドレンツはキャンセルをした者たちのリストに目を通す。中でも多かったのはやはりハリスが対応していた者たちばかりであった。

「ハリスめ。まさかヤツがあそこまで気に入られていたとは……よほどゴマをすっていたようだな」

 拝金主義であるドレンツには、誠心誠意の対応をして信頼をされたという考えはない。いかにして相手の懐から金を引きださせるか――彼の頭にはそれしかなかった。
 
 予定外のトラブルではあるが、ドレンツに焦った様子は見られない。
 彼にとってはハリスの常連より、むしろ公爵家のスペイディア家に持ちかけていた専属契約の件を断られた方が痛かった。
前院長から代替わりしたタイミングで、スペイディア家が懇意にしていた治癒魔法師が引退したと知ると、ドレンツはすぐに手を打った。うまくすれば今抱えている誰よりも上客になると踏んだのだ。

しかし、スペイディア家の当主は堅物で有名だった。
 王家の人間以外が信頼関係を築こうとするのは不可能とさえ言われるほどであった。

 ドレンツはその強固な扉をなんとかこじ開けようとあの手この手を駆使して近づこうとするが、結局それは叶わなかった。

 それでも、聖院が専属契約をしている大物貴族は他にもいる。
 逃がした魚は大きいが、所詮は一匹。
 質より数を誇るタイプのドレンツにとって、失った分を補うために新しい獲物を探す方へ力を尽くそうとした。

 ――が、

「ド、ドレンツ院長!」

 慌てた様子でひとりの職員がノックもなしに入ってきた。いつもならば「ノックをしろ」と怒鳴りつけるところだが、あまりにも必死な形相だったのですぐさま用件を確認する。

「何があった?」
「そ、それが、スペイディア家の件ですが……」
「まさか、専属契約をすると?」
「い、いえ、その……実はスペイディア家が別の治癒魔法師と専属契約を結ぼうとしているのではないかという情報をキャッチしまして」
「なんだと!?」

 国内はおろか、大陸でもレイナード聖院以上に治癒魔法を抱えている場所はない。それを断って別の治癒魔法師に依頼するなどあり得ないと踏んでいた。それだけに、ドレンツは無駄に高いプライドを傷つけられて怒り狂ったのだ。

「どこのどいつだ! このレイナード聖院を差し置いてスペイディア家に取り入ろうとする不届き者は!」
「そ、それが……ここを追いだされたハリスのようです」
「っ!? ハ、ハリスだと!?」

 今もっとも聞きたくない人物の名前が出てきたことで、ドレンツの怒りが爆発。執務机を勢いよく蹴りつけ、「くそったれ!」とひと吠え。

「あの野郎……今に見ていろ……」

 怒りに染まるドレンツの表情はひどく歪んでいた。