エマ様は多くの騎士たちを引き連れて王都へと戻っていった。
 俺が治療を施したとはいえ、念のためどこか専門機関で診てもらった方が良いと助言をしておいたのだが、

「そうですね……」

 そう語ったエマ様の表情は冴えなかった。
 落ち込んでいるようにも見えるし、どこか怒っているようにも……気になった俺は帰り支度をしている合間にグラシムさんから情報を得ようと相談してみる。

 その際、「もしかして、エマ様は聖院に何か思うところがあるのでは?」とあえて聖院の名前を出してみた。
途端に顔色が変わるグラシムさん。
どうやら、俺の睨んだ通り――キーワードは《聖院》か。

「エマお嬢様は代替わりをしてから聖院を毛嫌いされておりますからな」
「毛嫌い?」
「昔はよかったのです。前院長には私たち騎士団もお世話になっていて……そういえば、あなたも戦場に何度か足を運んだことがあるとか」
「えぇ、そうなんです」

 かつて――グスタフ先生が存命の頃、一緒に何度か戦いの場で負傷した騎士たちを治療するために出張したことがあった。しかし、ドレンツ院長になってからはそういった取り組みがほとんどなくなっているという。

 拝金主義の現院長は何よりも金を重要視する。
 騎士たちの傷を癒してあげたいといった治癒魔法師としての心構えが大きく欠落しているのだ。
 あれだけ立派な治癒魔法師を父に持つというのに、なぜ彼はあそこまで歪んでしまったのだろうな。

 ……いや、一旦その件は置いておくとして、エマ様についての情報を優先させないと。

「エマ様は金儲けに走った今の聖院に対してよく思っていない、と?」
「よく思っていないというより、恨んでいる節すらありますね」
「それはまた穏やかじゃないですね……」

 まさかあの明るいエマ様が恨むなんて。
 これはちょっと訳ありっぽいな。

「実を言うと……エマお嬢様はあなたや前院長に憧れを抱いているみたいなんです」
「えっ? 俺や前院長に?」

 さらに混乱するような情報が加えられた。あのエマ様が元聖院メンバーである俺たちに憧れを抱いていたなんて。

「平静を装っていましたが、内心かなり興奮していたと思いますよ。あなたやグスタフ前院長の話をよく聞きたがっていましたから。王立学園でも治癒魔法の習得に熱を入れているようです」
「なるほど……」

 あっさり引き下がったのは俺に迷惑をかけたくないって意味だったのかな。
 そうなると、エマ様を見る目がちょっと変わってくる。

 その後、スペイディア家の一団を見送ると、まもなくしてベイリー様が帰宅された。
 入れ違いという形になってしまったので、改めて話の場を設けるという。

 こうして、うちの診療所に新しいお得意様が増えたのだった。