対面するアントルース家令嬢とスペイディア家の令嬢。
 同じ貴族とはいえ、貴族には貴族でランク付けが存在している。中でもスペイディア家は最上位に位置づけされる。そのため、いつも元気全開のフィクトリア様もさすがにこの時ばかりはシュンと大人しくなってしまう。

「そ、そんなに緊張しないでください」

 エマ様にとって、フィクトリア様のリアクションは予想外だったらしく、必死に声をかけているが……あの顔を見る限り、心ここにあらずって感じだな。

「フィ、フィクトリア様……?」
「っ! あ、ああ……申し訳ありません。意識が吹っ飛んでいましたわ」

 よかった。
 いつものフィクトリア様に戻ってくれた。

「それにしても、スペイディア家がアントルース家の屋敷を訪ねてこられるなんて……学園長がおっしゃっていましたが、やはりハリスさんを連れていかれるのですか?」
「いえ、断られたので今日はこれでお暇しようかと」
「へっ?」

 どうやら、フィクトリア様はスペイディア家が俺をお抱えの治癒魔法師にしようとしている件を知っていたらしく、結果としてここを出て行くと予想していたようだ。
 しかし、俺はこの誘いを丁重に断った。
 ロザーラ様のこともあるし、何より俺はここをとても気に入っている。あの森に造った診療所だってようやく始動したばかりだからね。

 ただ、フィクトリア様にとって俺の判断は意外だったみたいだ。

「よ、よろしいのですか? 公爵家であるスペイディア家の方が何かと手厚いのではないかと思うのですが……」
「まあ、専属という形はとらず、ここにいながらスペイディア家の治療依頼も受けるって流れになったけど」
「い、いえ、それでもわたくし――いえ、アントルース家としてはとてもありがたい判断ですわ」
「スペイディア家を代表して私もお礼を申し上げます。それと、フィクトリアさん」
「は、はい!」

 不意打ちのように声をかけられたフィクトリア様は思わず声を裏返しながら返事をする。

「学園ではあまりお話をしたことがありませんでしたが、これを機にあなたと仲良くさせてもらいたいのです。どうでしょう?」
「こ、こちらこそですわ!」
「ふふふ、よろしくお願いしますね」

 握手を交わして仲が深まったのかな。最初は顔が強張っていたフィクトリア様だったが、今はとてもリラックスしているように見える。これもエマ様が優しくフォローを入れてくれたおかげだな。

 それにしても……いい意味で変わった人だな、エマ様は。
 スペイディア家の名前を出せば、ほぼすべての人がひれ伏すだろう。実際、同じ貴族であるアントルース家のフィクトリア様でさえ、別格の存在って扱いをしていたし。

 ただ、エマ様はそういった偉ぶった態度が見られない。
 むしろ最初に言っていた、

『お父様のやり方は強引すぎます。ハリスさんにはハリスさんの生活があるのですから、それを無理に曲げさせる必要はありません』

 という言葉が引っ掛かる。
 もしかして、親子仲はあんまりよくないとか?

 まあ、その点はあんまり詮索しない方がいいのかな。