スペイディア家のご令嬢による電撃訪問は思わぬトラブルに見舞われたものの、なんとかひとりの死者も出すことなくアントルース家の屋敷へとたどり着いた。

 一方、事態をロアムの鳥型使い魔によって把握したベイリー様は大急ぎでこちらへと戻ってきているらしい。今日はもともと別件で屋敷を離れているとのことだったが……ひょっとしてアポなしでの訪問だったのか?

「かなり急な決定だったので……」

 屋敷へ帰ってくると、意識を取り戻して申し訳なさそうにしているグラシムさんからここまでの流れを簡単に説明してもらった。

「単刀直入に言いますと――スペイディア家はあなたを専属の治癒魔法師として招き入れたいと考えています」
「俺を専属の治癒魔法師に?」
「えぇ。実は長年仕えていた治癒魔法師が最近になって高齢を理由に現役を退く意向を固めまして……後釜探しが急務となっているのです」

 それで俺を指名した、と。
正直、身に余る光栄だ。
 公爵家のお抱えとなれば、ヘマをしない限りこれから安泰だろう。食料や練るところに苦労することもなくなる。

 ……けど、それは俺の望む生活ではない。公爵家のお抱えとなれば、俺の行動はかなり限定されたものとなるだろう。これまでのように訪問治療のため、各地を飛び回るなんて絶対にできなくなる。それだけは避けたかった。
 なので、俺の答えは決まっている。

「大変光栄なお話ですが……お断りさせていただきます」
「えぇっ!?」

 グラシムさんはめちゃくちゃ驚いていた。
 そりゃそうだろうな。
 たぶん、スペイディア家も断られるなんて想像もしていないだろう。
 困惑しているグラシムさんへ、俺は理由を淡々と説明していく。最初は理解できないって顔つきだったが、少しずつこちらの熱意が伝わったようで、最後の方になると「うんうん」と頷いていた。

「なるほど……あなたが聖院を追いだされた理由が分かりました」
「えっ?」
「最近になって、聖院からのアプローチが凄いんですよ。公爵家に取り入ろうとする魂胆が丸見えで。当主のアーノルド様はそういった輩が大嫌いなので、聖院とだけは専属契約を結ばないと激怒されていました」

 よほど露骨な営業をかけたんだな。
 まあ、その光景は目に浮かぶよ。
 ドレンツ院長はそういう人だったし。

 ただ、そんな聖院からの声を吹っ飛ばしたアーノルド様も、曲がったことが大嫌いなかなりの頑固者って感じがする。
 領民とすればそちらの方が助かるんだろうけど、専属治癒魔法師が不在という状態が長く続くのは好ましくない。だからといって、俺がここから出て行くという選択肢もなかった。

 どうしたものかと悩んでいると、

「あ、あの」

 おずおずと手をあげ、エマ様が小声でこちらに話しかけてくる。

「どうかされましたか、エマ様」
「あなたがこの地にかける想いは十分に伝わりました。お父様には私の方から言っておきますので、ご安心ください」

 それはあきらめを意味する言葉だった。